豊国廟 | 豊国神社 - 神社ファン

有名度

関脇

豊国神社

とよくにじんじゃ

京都府京都市東山区大和大路正面茶屋町530

😞 🙁 😐 🙂 😄

豊国廟

更新日:2026年7月13日

豊臣秀吉が眠る阿弥陀ヶ峰の陵墓

豊臣秀吉の墓所である豊国廟(とよくにびょう)は、京都東山三十六峰の一つ、阿弥陀ヶ峰にあります。一般には「ほうこくびょう」とも呼ばれ、豊國神社から離れた場所にある飛地境内です。
豊国廟へ向かうには、智積院の北側から「豊国廟参道」と刻まれた石碑を目印に坂道を進みます。京都女子大学の校舎が並ぶ女坂を上った先に入口があり、そこからさらに長い石段を登った阿弥陀ヶ峰の山頂に、豊臣秀吉の巨大な五輪石塔が建っています。
豊国廟参道
豊臣秀吉は1598年(慶長3年)8月18日に伏見城で亡くなり、遺命によって阿弥陀ヶ峰に葬られました。翌1599年(慶長4年)には山腹に壮大な社殿が建てられ、後陽成天皇から正一位の神階と「豊国大明神」の神号が贈られました。阿弥陀ヶ峰一帯には豊国社の社殿や祭祀施設が整えられ、広大な霊域を形成していたとされます。
豊国社では毎年盛大な祭礼が行われ、1604年(慶長9年)の秀吉七回忌には、後世に「豊国祭礼図屏風」として描かれる大祭礼が催されました。しかし、1615年(元和元年)の大坂夏の陣で豊臣氏が滅亡すると、豊国大明神の神号は廃され、豊国社と廟所も破却されました。その後、阿弥陀ヶ峰の墓所は江戸時代を通して荒廃した状態が続きました。
明治時代に入ると豊臣秀吉の功績が再評価され、1880年(明治13年)に現在の豊國神社が旧方広寺大仏殿跡へ再建されました。さらに秀吉の没後300年を迎えるにあたり、阿弥陀ヶ峰の廟所も整備され、1897年(明治30年)から1898年(明治31年)にかけて現在の巨大な五輪石塔や参道が造られました。
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山頂へ続く489段の石段

豊国廟の大きな特徴が、阿弥陀ヶ峰の山頂へ向かって一直線に延びる489段の石段です。麓の拝殿付近から石段を登り、途中の中門を通って、さらに山頂の五輪石塔を目指します。段数が多く傾斜もあるため、豊国廟への参拝は一般的な墓参りというより、山を登って秀吉の陵墓を訪ねる「登拝」と呼ぶにふさわしい道のりです。
石段の両側には石灯籠や木々が並び、周囲の景色は季節ごとに表情を変えます。春には参道周辺の桜が咲き、長い石段を彩ります。木々の間を進む静かな参道からは、京都市街に鎮座する豊國神社とは異なる、秀吉の墓所らしい厳かな雰囲気を感じることができます。
489の階段
この石段は、1996年に放送されたNHK大河ドラマ『秀吉』のオープニング映像にも登場しました。山頂へ一直線に延びる階段は非常に印象的で、豊臣秀吉を題材にした映像作品にもふさわしい壮大な景観となっています。
中門と階段
石段の中腹には、唐破風を備えた中門があります。門扉には豊臣家を象徴する桐紋があしらわれ、秀吉の陵墓へ向かう参道の節目となっています。中門を抜けると、さらに急な石段が山頂へと続きます。
階段からみえる陵墓

山頂に建つ巨大な五輪石塔

489段の石段を登り切ると、阿弥陀ヶ峰の山頂に豊臣秀吉の墓である巨大な石造五輪塔が現れます。現在の五輪塔は秀吉の没後300年を記念して1898年(明治31年)に建立されたもので、近代日本を代表する建築史家・伊東忠太が設計しました。
陵墓
五輪塔は高さ約10メートルに及ぶ大規模な石塔で、一般的な五輪塔をはるかに上回る堂々とした姿を見せています。五輪塔は下から四角形の地輪、球形の水輪、三角形または笠形の火輪、半月形の風輪、宝珠形の空輪で構成され、仏教における地・水・火・風・空の五大を表しています。
巨大な石材を積み重ねた五輪塔は装飾を抑えた重厚な造りで、農民の身分から天下人に上り詰めた豊臣秀吉の陵墓にふさわしい存在感があります。山頂の静かな空間に石塔だけがそびえる景観からは、かつて広大な豊国社を築き、死後は神として祀られた秀吉の歴史を感じることができます。
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京都の景色を望む豊国廟

阿弥陀ヶ峰は標高約196メートルあり、参道や山頂付近からは京都市街や東山周辺の景色を望むことができます。木々の間からは清水寺周辺など東山の寺社を見渡せる場所もあり、長い石段を登った先で開ける眺望も豊国廟の魅力です。
阿弥陀ヶ峰山頂から見える景色
ただし、山頂までの石段は長く、段差が不規則な場所や急な箇所もあります。往復には見学時間を含めて1時間ほどを見込み、歩きやすい靴で訪れるのがおすすめです。夏は暑さが厳しくなるため飲み物を準備し、雨天時や雨上がりは濡れた石段に注意する必要があります。
豊国廟は豊臣秀吉の墓所であり、単なる展望地ではありません。明るい時間帯に登拝し、山頂では静かに手を合わせることが大切です。豊國神社の唐門や宝物館とあわせて参拝すれば、秀吉が天下人へ上り詰めた生涯だけでなく、死後に神として祀られ、豊臣氏滅亡後に廟所が廃絶し、明治時代に再興されるまでの歴史をたどることができます。
489段の石段を登った先で豊臣秀吉の墓前に立てる豊国廟は、豊臣秀吉ゆかりの地を巡るうえで欠かすことのできない聖地です。

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