馬塚 | 豊国神社 - 神社ファン

有名度

関脇

豊国神社

とよくにじんじゃ

京都府京都市東山区大和大路正面茶屋町530

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馬塚

更新日:2026年7月13日

豊臣秀吉をしのぶ供養塔

馬塚は、宝物館の裏手にある駐車場の奥に建っています。境内の奥まった場所にあるため見過ごされがちですが、豊臣秀吉ゆかりの史跡として、歴史ファンにはぜひ訪れてほしい見どころです。
1615年(元和元年)、徳川家康の命により豊国社と豊国廟は取り壊されました。しかし、京都では豊臣秀吉を慕う人々の信仰が絶えることはなく、神社が失われた後も、この馬塚が秀吉をしのぶ拝所であったと伝えられています。
馬塚
馬塚には秀吉の名前は刻まれておらず、「元和元年八月十八日」と梵字のみが刻まれています。これは徳川幕府への配慮から、秀吉の名をあえて記さなかったためと伝えられています。
「馬塚」という名前の由来にはいくつかの説があります。塔の近くが「馬町」と呼ばれていたことに由来するという説や、馬市が開かれていた場所であったため表向きは馬塚として建立されたという説などがあります。一方で、この石塔が当初から秀吉の拝所として建てられたのか、それ以前から存在していたものなのかは明らかになっていません。
馬塚アップ
馬塚は石造の五輪塔で、豊臣秀吉の墓所がある阿弥陀ヶ峰の五輪塔と同じ形式をしています。阿弥陀ヶ峰の五輪塔は明治時代に再建されたものですが、こちらは江戸時代の姿を現在まで伝えている貴重な石塔です。その歴史的価値から、1969年(昭和44年)には「方広寺石塁及び石塔」の一部として国の史跡に指定されました。
華やかな唐門や社殿とは異なり、ひっそりと佇む馬塚からは、豊臣秀吉への信仰が時代を超えて受け継がれてきた歴史を感じることができます。豊國神社を訪れた際は、ぜひ足を延ばして静かに手を合わせたい史跡の一つです。

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