有名度
関脇豊国神社
とよくにじんじゃ
京都府京都市東山区大和大路正面茶屋町530
拝殿・本殿・御祭神・ご利益
更新日:2026年7月14日
祭典や神前結婚式が行われる拝殿
国宝・唐門をくぐると、その先に拝殿があります。唐門より先にある拝殿と本殿は通常は立ち入りできませんが、正月三が日や例祭など特別な日に限り、拝殿前まで参拝することができます。現在の拝殿は、本殿とともに1880年(明治13年)の豊國神社再興にあわせて建立されました。桁行三間、梁間二間の入母屋造で、茅葺き屋根を載せ、10本の円柱で支えられた開放的な造りとなっています。簡素ながら風格のある姿が特徴で、明治期に再建された社殿の趣を今に伝えています。

本殿
拝殿の奥に鎮座するのが本殿です。本殿前には切妻造の神門が建ち、その先に一間社流造・檜皮葺の本殿があります。神門には紫色の五七桐の暖簾が掛けられ、左右には伏見の銘酒の酒樽や石灯籠が並び、豊臣秀吉を祀る神社らしい景観を見ることができます。
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現在の豊國神社の起源は、1599年(慶長4年)の創建にあります。最初の社殿は現在の豊国廟入口付近に建てられ、北野天満宮を模した豪華な八棟造だったと伝えられています。当時は全国から多くの参拝者が訪れ、境内は現在の三十三間堂や智積院一帯にまで及ぶ広大な規模を誇っていました。しかし、1615年(慶長20年)の大坂夏の陣で豊臣氏が滅亡すると、豊國神社も廃絶されます。その後、明治維新を迎えた1868年(明治元年)、明治天皇の命により再建が決定され、1873年(明治6年)には別格官幣社に列せられました。そして1880年(明治13年)5月、現在の社殿が完成し、約260年ぶりに豊國神社は復興を果たしました。

御祭神・ご利益
豊國神社の御祭神は豊臣秀吉公です。神号は「豊国大明神」で、神社名もこの神号に由来しています。足軽から天下人、そして関白へと上り詰めた豊臣秀吉の生涯にちなみ、豊國神社は立身出世・出世開運の神様として広く信仰されています。また、仕事運や商売繁盛、勝運、開運招福などのご利益でも知られ、成功や飛躍を願う多くの参拝者が全国から訪れています。

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