本殿・龍穴・御祭神・ご利益 | 八坂神社 - 神社ファン

有名度

横綱

八坂神社

やさかじんじゃ

京都府東山区祇園町北側625

本殿・龍穴・御祭神・ご利益

更新日:2025年5月15日

国宝建築の本殿

南楼門、舞殿と一直線の正面にあるのが本殿です。
本殿の創建は不明ですが平安時代と考えられています。現在の建物は1646年(正保3年)の火災で焼失したものを、4代将軍徳川家綱の命で1654年(承応3年)に再建したものです。その後最近では2002年(平成14年)に改修が行われました。
本殿 正面
八坂神社本殿は、高さ15メートル、南楼門・舞殿と三位一体となった高さです。総面積は662平方メートルで神社本殿建築としては日本で最大規模となります。檜皮葺の大屋根の下に本殿と拝殿が一体となり、北・東・西面の三方へ伸びる庇があります。これは祇園造り又は八坂造りと言われていて、八坂神社独自の建築様式です。
本殿 全体
このような建築方法は御所の紫宸殿(ししんでん)を模していると言われています。平安時代記録では本殿と拝殿は分かれていましたが、鎌倉時代の形式が今も継承されています。2020年(令和2年)の12月に、本殿は国宝に指定されています。
舞殿から見える本殿

透塀と神饌所

本殿の東側、向かって右側には神饌所を囲む透塀(すいべい)があります。
透塀
透塀は、明治中期に作られとされ、檜皮茸の素木造りで唐草模様の上質で美しい彫刻があしらわれています。
透塀アップ

龍穴と龍吼

本殿は池の上に建っていて、本殿の内々陣(神様を祀る場所)の下には青龍の住む龍穴があると言われています。八坂神社より西にある神泉苑や、南にある東寺まで通じていると言われています。現在は漆喰で固められて見ることは出来ません。
また龍にまつわる伝説はもう一つあり、八坂神社七不思議の一つとも言われていて、「龍吼(りゅうぼえ)」と呼ばれています。それは本殿の東の柱の庇(ひさし)の部分に鮮やかな龍の彫刻があり、この下で西を向いて柏手を打つと、強く反響して柱にある龍の像が鳴いているように聞こえると言われています。混んでいなければ是非試してみてください。
本殿の龍の彫刻 龍吼

御祭神・ご利益

ご祭神は中御座に素戔嗚尊(すさのをのみこと)、東御座に素戔嗚尊の妻である櫛稲田姫(くしいなだひめのみこと)命、神大市比売命(かむおおいちひめのみこと)、佐美良比売命(さみらひめのみこと)、西御座に素戔嗚尊の子供である八柱御子神(やはしらのみこがみ)、内訳は八島篠見神(やしまじぬみのかみ)、五十猛神(いたけるのかみ)、大屋比売神(おおやひめのかみ)、抓津比売神(つまつひめのかみ)、大年神(おおとしのかみ)、宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)、大屋毘古神(おおやびこのかみ)、須勢理毘売命(すせりびめのみこと)、傍御座に櫛稲田姫の父と母である稲田宮主須賀之八耳神(いなだのみやぬしすがのやつみみのかみ)をお祀りしています。
牛頭天王ウィキ太郎(Wikipedia パブリック・ドメイン)
八坂神社では「厄除・災難除」が有名です。八坂神社は明治前までは「祇園社」や「祇園感神院」と呼ばれ、祭神は仏教の神である牛頭天王で神仏習合した神社でした。牛頭天王を祀る神社は祇園信仰とよばれ、災いや厄を防いでくれる神社として崇拝されました。牛頭天王は素戔嗚尊と同一されたため明治以降の神仏分離で祭神は素戔嗚尊になりました。また主祭神である素戔嗚尊を中心に妻や子で構成された祭神構成なので「家内安全」のご利益も有名です。
御神詠歌碑
御祭神の素戔嗚尊は日本で初めて和歌を詠んだことでも有名です。こちらも御祭神である櫛稲田姫命と結婚した際に、妻を思って詠みました。
「八雲たつ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣つくる その八重垣を」
この和歌は刻んだ歌碑が本殿裏に2019年に祇園祭相し1150年を記念して、清々講社より奉納されました。
素戔嗚尊の歌碑

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