有名度
大関下鴨神社(賀茂御祖神社)
しもがもじんじゃ(かもみおやじんじゃ)
京都府左京区下鴨泉川町59
その他 摂末社
更新日:2025年5月30日
愛宕・稲荷社
西参道沿いにある下鴨神社の末社である愛宕社(東社)の祭神は火産霊神、稲荷社(西社)の祭神は宇迦之御魂神です。愛宕社の古名は贄殿神(にえどののかみ)、酒殿神(さかどのかみ)、奈良殿神(ならどのかみ)。稲荷社の古名は専女社(とうめのやしろ)。
案内版によれば、愛宕社は、古く賀茂斎院御所大殿の守護神として御所内に祀られ、稲荷社は賀茂斎院御所(文明の乱により焼失)並びに忌子女庁屋(文明の乱により焼失)の守護神として庁屋の池庭の中島に祀られていた。文明の乱以後、この両社を相殿としてこの旧地に祀ったとのことです。

印納社
西参道沿いにある下鴨神社の末社である印納社(いんのうのやしろ)の祭神は倉稲御魂神、印璽大神(おしでのおおかみ)です。10月1日は印章の日です。毎年9月の最終日曜日に京都下鴨神社にて、役目を終えた古い印章を奉納する、「印章祈願祭」が執り行われます。天満神社系によくある筆塚のハンコ版だと思われます。

印璽社
印璽社(いんじんしゃ)は、御本殿横に古くから祀られている下鴨神社の末社です。本殿横にあるので通常では見ることはできません。祭神は印納社でも祀られている印璽大神(おしでのおおかみ)です。
契約の守護神として、大事な契約がうまくいくように守って頂けます。
祓社
下鴨神社の末社です。祭神は賀茂建角身命、玉依日売、祓戸大神。賀茂建角身命、玉依日売は本殿にも祀られている下鴨神社のご祭神で、祓戸大神は瀬織津比売神(せおりつひめ)、速開都比売神(はやあきつひめ) 、気吹戸主神(いぶきどぬし)、速佐須良比売神(はやさすらひめ)の4柱からなる祓の神です。古代から鴨神道と称する独自の思想信仰を伝えていて、旅行、交通安全、災難除け、病難除けのご利益があります。
賀茂斎院歴代斎王神霊社
賀茂斎院歴代斎王神霊社は下鴨神社の末社で、有智子内親王から礼子内親王まで歴代35人の斎王が祀れています。斎王は巫女として奉仕した未婚の内親王。約400年続いたそうです。
現在の社は2018年(平成30年)4月に式年遷宮事業の一環として再興されたものです。元々糺の森に祀られていましたが、1958年(昭和33年)造替のため摂社の三井社に仮遷御されましたが、戦後の混乱で新しい社は建てられず、ようやく新しい社殿が建てられました。

河崎社
河崎社(こうさきのやしろ)は下鴨神社の末社です。祭神は下鴨神社の祭神・賀茂建角身命の始祖神です。下粟田郷河崎里に祀られていたことから河崎社とよばれ、現在の知恩寺付近で祀られていました。
1921年(大正10年)に都市計画によって賀茂斎院歴代斎王神霊社へ合祀されましたが、戦後の混乱期で社殿は作られていませんでした。
現在の社は2015年(平成27年)に式年遷宮事業の一環として再興されたものです。

二十二所社
糺の森の馬場に祀られている二十二所社は下鴨神社の摂社です。祭神は鴨氏の祖である神皇産霊尊や天神魂命からはじまる鴨氏の鴨氏二十二譜始祖神です。1711年(正徳元年)に式年遷宮により造替され、末社の雑太社(さわたしゃ)と相殿になりました。元々旧鴨社神宮寺域内に祀られていましたが、創始の年代は不詳です。。社名が一時日吉社に変わったのは当時の禰宜の俊春とその子である俊永禰宜が
鴨伝承や歴史的資料、記録類を集成し、寛政11年(1799年)に完成させた「鴨縣纂書」によると、滋賀県の日吉大社に下鴨神社の祭神である玉依媛命(たまよりひめのみこと)と同神が祀られており、この社を遥拝所としていた時期があり日吉社と呼ばれていました。
「二十一庚申」とは、鴨氏の始祖神のことです。「二十二所」をわざわざ「二十一庚申」としたのは、氏祖神「雑太社」を相殿にお祀りしたからです。
戦後の混乱期で社殿は作られていませんでしたが、式年遷宮事業の一環として再興されました。この社は21年ごとの遷宮に合わせて開帳されるそうです。

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