有名度
大関下鴨神社(賀茂御祖神社)
しもがもじんじゃ(かもみおやじんじゃ)
京都府京都市左京区下鴨泉川町59
その他摂社・末社
更新日:2026年8月2日
愛宕・稲荷社
西参道沿いに鎮座する愛宕社と稲荷社は、下鴨神社の末社です。東側の愛宕社には火産霊神(ほむすびのかみ)、西側の稲荷社には宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)が祀られています。愛宕社の古名は贄殿神(にえどののかみ)、酒殿神(さかどのかみ)、奈良殿神(ならどののかみ)、稲荷社の古名は専女社(とうめのやしろ)です。案内板によると、愛宕社は賀茂斎院御所大殿の守護神として、稲荷社は賀茂斎院御所と忌子女庁屋の守護神として、それぞれ祀られていました。文明の乱で御所などが焼失した後、両社は現在地へ遷され、一つの社殿に相殿として祀られるようになりました。

印納社・印璽社
印納社(いんのうのやしろ)は西参道沿いに鎮座する下鴨神社の末社で、倉稲御魂神と印璽大神(おしでのおおかみ)を祀っています。毎年9月の最終日曜日には、役目を終えた印章を奉納する「印章祈願祭」が執り行われ、全国から多くの印章関係者が参列します。
祓社
祓社は下鴨神社の末社で、賀茂建角身命、玉依日売命、祓戸大神を祀っています。祓戸大神とは、瀬織津比売神、速開都比売神、気吹戸主神、速佐須良比売神の四柱からなる祓の神です。賀茂建角身命と玉依日売命は本殿にも祀られる下鴨神社の御祭神であり、祓社は古くから鴨神道と呼ばれる独自の信仰を伝える社として知られています。厄除けや災難除け、旅行や交通安全などを願う参拝者から信仰を集めています。

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賀茂斎院歴代斎王神霊社
賀茂斎院歴代斎王神霊社は下鴨神社の末社で、有智子内親王から礼子内親王まで歴代35人の斎王を祀っています。斎王とは、賀茂社で神に仕えた未婚の内親王で、約400年にわたり賀茂祭をはじめとする神事に奉仕しました。現在の社殿は2018年(平成30年)、第34回式年遷宮事業の一環として再興されたものです。もとは糺の森に鎮座していましたが、1958年(昭和33年)の造替で三井神社へ仮遷座した後、戦後の混乱により長らく社殿が再建されませんでした。長年の願いが実り再興された社として、多くの人に親しまれています。

河崎社
河崎社(こうさきのやしろ)は下鴨神社の末社で、賀茂建角身命の始祖神を祀っています。かつては下粟田郷河崎里、現在の知恩寺付近に鎮座していたことから河崎社と呼ばれるようになりました。1921年(大正10年)の都市計画により賀茂斎院歴代斎王神霊社へ合祀されましたが、戦後の混乱により長く社殿は再建されませんでした。現在の社殿は2015年(平成27年)、第34回式年遷宮事業の一環として再興されたもので、古くから伝わる賀茂氏ゆかりの信仰を今に伝えています。

二十二所社
二十二所社は糺の森の馬場に鎮座する下鴨神社の摂社で、鴨氏の祖神である神皇産霊尊や天神魂命をはじめとする鴨氏二十二譜始祖神を祀っています。創建年代は明らかではありませんが、もとは旧鴨社神宮寺域内に祀られていたと伝えられています。1711年(正徳元年)の式年遷宮で造替された際、末社の雑太社と相殿となりました。また、『鴨縣纂書』によると、一時期は「日吉社」と呼ばれていました。これは、滋賀県の日吉大社に祀られる玉依媛命と同神を祀る社として、遥拝所の役割を担っていたためとされています。
「二十一庚申」とは鴨氏の始祖神を指し、雑太社を相殿に祀ったことから「二十二所」と称されるようになったと伝えられています。戦後の混乱で社殿は長らく再建されませんでしたが、第34回式年遷宮事業により再興され、現在の社殿は21年ごとの式年遷宮に合わせて開帳される貴重な社となっています。

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