楼門など重要文化財建物 | 下鴨神社(賀茂御祖神社) - 神社ファン

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大関

下鴨神社(賀茂御祖神社)

しもがもじんじゃ(かもみおやじんじゃ)

京都府京都市左京区下鴨泉川町59

楼門など重要文化財建物

更新日:2025年5月30日

楼門

下鴨神社の楼門は高さ13mほどです。1628年(寛永5年)頃に東西廻廊とともに造営されました。
楼門
21年ごとの式年遷宮ごとに新しく造替されてきましたが、1628年以降は解体修理をして保存しています。三間一戸で入母屋造の檜皮葺です。1901年に国の重要文化財に指定されました。
見上げた楼門

剣の間(回廊)

西回廊の床張の一間は、葵祭(賀茂祭)で勅使が剱を解かれる間になります。
剣の間(回廊)
東西回廊も楼門と一緒に国の重要文化財に指定されています。
剣の間(回廊) 横

舞殿

舞殿は1628年(寛永5年)頃に造営され、楼門など同じく21年ごとの式年遷宮ごとに新しく造替されてきましたが、1628年以降は解体修理をして保存しています。
舞殿は賀茂祭では、勅使が紅紙に書かれた御祭文御祭文を奏上し、東游(あずまあそび)が奉納されます。
桁行四間、梁間三間で入母屋造の檜皮葺です。1901年に国の重要文化財に指定されました。
舞殿

橋殿

舞殿は1628年(寛永5年)頃に造営され、楼門など同じく21年ごとの式年遷宮ごとに新しく造替されてきましたが、1628年以降は解体修理をして保存しています。
橋殿は、御蔭祭(みかげまつり)の際に御神宝が奉安されます。御蔭祭は賀茂祭を行う前に先立って御蔭神社から神霊を向かえる神事5月行われます。また名月管絃祭(めいげつかんげんさい)などの際に神事芸能が奉納されます。
桁行四間、梁間三間で入母屋造の檜皮葺です。1901年に国の重要文化財に指定されました。
橋殿

細殿

舞殿は1628年(寛永5年)頃に造営され、楼門など同じく21年ごとの式年遷宮ごとに新しく造替されてきましたが、1628年以降は解体修理をして保存しています。
細殿は平安時代の「神殿記」によると歴代天皇の行幸や上皇・法皇・院・関白の仮御所とされ、賀茂詣の際に歌会が行われた場所です。
桁行五間、梁間ニ間で入母屋造の檜皮葺です。1901年に国の重要文化財に指定されました。
細殿

神服殿

神服殿は1628年(寛永5年)頃に造営され、楼門など同じく21年ごとの式年遷宮ごとに新しく造替されてきましたが、1628年以降は解体修理をして保存しています。
神服殿は神事に着る神服を奉製御殿です。天皇の御座所があり、その部屋は開かずの間として使用が禁じられました。
桁行五間・梁間四間で入母屋造の檜皮葺です。1903年に国の重要文化財に指定されました。
神服殿

供御所

供御所(くごしょ)は西鳥居と出雲井於神社の間にあり、神饌(しんせん)を調理するとこです。
1628年(寛永5年)頃に造営され、楼門など同じく21年ごとの式年遷宮ごとに新しく造替されてきましたが、1628年以降は解体修理をして保存しています。
下鴨神社の供御所は東の間、中の間、西の間の3つにわかれていて、東の間の「供御所(くごしょ)」は神饌を調理する所、中の間の「贄殿(にえどの)」は魚介鳥類を調理する所、西の間の「侍所(さぶらいどころ)」は直会(なおらい)、勧盃の儀などを行うところです。
桁行九間・梁間三間で入母屋造の檜皮葺です。1903年に国の重要文化財に指定されました。
供御所Kakidai(Wikipedia CC 表示-継承 4.0)

大炊殿

大炊殿は1628年(寛永5年)頃に造営されました。応仁の乱で焼失し、現在の場所に再建されました。
大炊殿ではかつて神饌(しんせん)が調理されていました。
大炊殿は一般公開されていないので通常は拝観することはできません。
桁行五間・梁間三間で切妻造の本瓦葺です。1903年に国の重要文化財に指定されました。
大炊殿

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