有名度
大関下鴨神社(賀茂御祖神社)
しもがもじんじゃ(かもみおやじんじゃ)
京都府京都市左京区下鴨泉川町59
重要文化財建物
更新日:2026年8月2日
下鴨神社には、楼門をはじめ舞殿、橋殿、細殿、神服殿、供御所など、江戸時代初期に造営された貴重な社殿が数多く残されています。これらの建物の多くは1628年(寛永5年)頃の式年遷宮で造営されました。下鴨神社では古くから21年ごとに式年遷宮が行われ、社殿も造り替えられてきましたが、1628年以降は解体修理を重ねながら保存され、現在まで約400年にわたり受け継がれています。江戸時代初期の神社建築を今に伝える貴重な建築群として、多くが国の重要文化財に指定されています。
東西回廊は楼門と一体となって社殿群を囲む建築で、1901年(明治34年)に国の重要文化財へ指定されました。
Kakidai(Wikipedia CC 表示-継承 4.0)
剣の間(回廊)
西回廊の床張りの一間は「剣の間」と呼ばれ、毎年5月に行われる葵祭(賀茂祭)では、天皇の勅使が帯刀していた剣を解く場所として使用されます。

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舞殿
舞殿は祭礼や神事の中心となる建物です。葵祭では勅使が紅紙に書かれた御祭文を奏上し、雅楽に合わせて東游(あずまあそび)が奉納されます。現在も祭礼で重要な役割を担う建物であり、神事の際には厳かな雰囲気に包まれます。建物は桁行四間・梁間三間の入母屋造、檜皮葺で、1901年に国の重要文化財へ指定されました。
橋殿
橋殿は御蔭祭(みかげまつり)の際に御神宝を奉安する建物です。御蔭祭は賀茂祭に先立って毎年5月に行われ、御蔭神社から神霊を迎える重要な神事として知られています。また、名月管絃祭では雅楽などの神事芸能が奉納される舞台にもなります。建物は桁行四間・梁間三間の入母屋造、檜皮葺で、1901年に国の重要文化財へ指定されました。
細殿
細殿は平安時代の『神殿記』によると、歴代天皇の行幸や上皇・法皇、関白らの仮御所として使用された建物です。また、賀茂詣の際には歌会が開かれるなど、王朝文化とも深い関わりを持っていました。桁行五間・梁間二間の入母屋造、檜皮葺で、1901年に国の重要文化財へ指定されています。
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神服殿
神服殿は神事で用いる神服を奉製する建物です。内部には天皇の御座所も設けられ、その部屋は「開かずの間」とされ、使用が禁じられていました。祭礼を支える裏方として重要な役割を担ってきた建物で、桁行五間・梁間四間の入母屋造、檜皮葺です。1903年に国の重要文化財へ指定されました。
供御所
供御所は西鳥居と出雲井於神社の間にあり、神饌を調える建物です。建物は東・中・西の三つの区画に分かれ、東の「供御所」では神饌を調理し、中の「贄殿」では魚介や鳥類を扱い、西の「侍所」では直会や勧盃の儀などが行われます。神事を支える実務の中心となる建物で、桁行九間・梁間三間の入母屋造、檜皮葺です。1903年に国の重要文化財へ指定されています。
Kakidai(Wikipedia CC 表示-継承 4.0)大炊殿
大炊殿は1628年(寛永5年)頃に造営され、応仁の乱による焼失後、現在地へ再建されました。かつては神饌の調理を担った建物で、神前へ供える食事を整える重要な役割を果たしていました。現在は一般公開されておらず、通常は内部を見学することはできません。建物は桁行五間・梁間三間の切妻造、本瓦葺で、1903年に国の重要文化財へ指定されています。
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