和泉式部と結び文 | 貴船神社 - 神社ファン

有名度

大関

貴船神社

きふねじんじゃ

京都府京都市左京区鞍馬貴船町180

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和泉式部と結び文

更新日:2026年7月9日

平安時代から続く恋の願い

貴船神社が「恋の宮」として広く知られるようになったきっかけは、平安時代を代表する女流歌人・和泉式部の伝承です。
和泉式部
和泉式部は夫・藤原保昌との仲が思うようにいかず、失われた愛を取り戻したいと願って貴船神社へ参詣しました。奥宮へ向かう途中にある思ひ川で身を清め、結社で一心に祈願したと伝えられています。
そのとき和泉式部は、自らの苦しい胸の内を和歌に託しました。

物おもへば 沢の蛍も我が身より あくがれいづる 魂かとぞみる

「恋に思い悩みながら貴船まで来ると、沢を飛び交う蛍が、まるで私の魂が身体を離れて飛んでいるように見えます」という意味です。
すると、社殿の中から神のお告げともいわれる返歌が聞こえてきました。

おく山に たぎりて落つる 滝つ瀬の 玉ちるばかり ものな思ひそ

「奥山の滝が激しく流れ、玉のように水しぶきを散らしても、あまり深く思い詰めてはいけません」という意味で、和泉式部を優しく励ます歌とされています。
この出来事の後、和泉式部は願いどおり藤原保昌と結ばれたと伝えられています。この伝承から、結社は恋愛成就・復縁・良縁を願う人々の信仰を集めるようになり、貴船神社は「恋の宮」と呼ばれるようになりました。
和泉式部の和歌碑
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結び文

現在も、和泉式部と同じように良縁を願う人々の思いは「結び文」として受け継がれています。
結び文は本宮の授与所で受けることができる祈願札です。願い事を書いた結び文を持って本宮・奥宮・結社の三社を順番に参拝し、最後に結社で結び所へ結ぶのが正式な作法とされています。
結び文
三社を巡りながら神様へ願いを届け、最後に結び文を結ぶことで、願いと神様とのご縁を結ぶという意味が込められています。
結び文には恋愛成就や復縁、結婚だけでなく、家族や友人との良縁、仕事や人生におけるさまざまなご縁を願う人も多く、貴船神社を代表する授与品の一つとなっています。
結び文所
平安時代、和泉式部は自らの想いを和歌に託して神前で祈りました。そして現代では、多くの参拝者が結び文へ願いを書き、良縁を祈ります。
千年以上の時を経ても、「大切な人とのご縁を願う」という人々の思いは変わることなく、貴船神社の結社で静かに受け継がれています。

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