御祭神・ご利益 | 護王神社 - 神社ファン

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護王神社

ごおうじんじゃ

京都府京都市上京区桜鶴円町385

御祭神・ご利益

更新日:2025年12月19日

御祭神

御祭神は二柱です。
一柱は、和気清麻呂公命(わけのきよまろこうのみこと)です。奈良時代から平安時代初期にかけて活躍した武官で、769年(神護景雲3年)に起こった道鏡事件(宇佐八幡宮神託事件)において重要な役割を果たしました。その後は桓武天皇の側近として信任を受け、平安京建設にも尽力した人物です。
和気清麻呂公命
もう一柱は、清麻呂公命の姉君である和気広虫姫命(わけのひろむしひめのみこと)です。広虫姫命は慈悲深い人物として知られ、悪口を言わない誠実な人柄から天皇の信頼を集めました。764年(天平宝字8年)に発生した藤原仲麻呂の乱の際には、天皇に死刑囚の減刑を願い出たほか、身寄りを失った83名の子どもを養育したと伝えられています。
このほか配祀として、藤原百川公命(ふじわらのももかわこうのみこと)と路豊永卿命(みちのとよながきょうのみこと)をお祀りしています。
藤原百川公命は、藤原式家の祖にあたる奈良時代の公卿で、道鏡事件(宇佐八幡宮神託事件)の際には、道鏡が皇位に就くことを防ぐため、和気清麻呂公命に働きかけた人物として知られています。
路豊永卿命は奈良時代の貴族で、道鏡の師にあたる人物です。しかし、道鏡が皇位に就くことに否定的な立場をとり、宇佐八幡宮へ向かう前の和気清麻呂公命に、その意向を伝えたといわれています。

ご利益

広く知られているご利益は、足腰の健康・病気怪我回復です。
御祭神である和気清麻呂公命は、道鏡事件の際、道鏡に足の腱を切られてしまいます。流刑地である大隅国(現・鹿児島県)までの道中、公は足が萎え立つこともできませんでしたが、公をお守りするように現れたイノシシとともに進むうち、足は良くなり立って歩くことができるようになったということです。この故事にちなみ、足腰の守護神として敬われるようになりました。イノシシと縁が深いことから、亥年生まれの守護神としても崇敬を集めています。
また清麻呂公命が身を挺して国難を除かれた忠臣であったことから、厄除け・災難除けのご利益もいただけます。
霊猪像

和気広虫姫命からいただく子育てのご利益

護王神社といえば足腰健康のご利益が広く知られていますが、実は子育てのご利益でも信仰を集めています。
御祭神の一柱である和気広虫姫命(わけのひろむしひめのみこと)は、和気清麻呂公命の姉君で、宮中の女官として数代の天皇に仕えました。「他人の悪口を一度も言ったことがない」と伝えられるほど誠実な人柄で、天皇からも厚い信頼を受けていた人物です。
また、広虫姫命は非常に慈悲深く、764年(天平宝字8年)の藤原仲麻呂の乱など、戦乱によって親を失った多くの子どもたちを養子として引き取り、養育したと伝えられています。こうした逸話から、広虫姫命は「子育て明神」と称され、子育てや育児の神として信仰されるようになりました。
境内奥にある護王会館の玄関ロビーには、京仏師・今村宗圓氏によって制作された和気広虫姫命の木造が安置されています。子育てのご利益を願う参拝者にとって、静かに手を合わせることのできる場所の一つとなっています。
多くの子どもを救い、育てたと伝えられる和気広虫姫命は、現在も子育て明神として、親子の健やかな成長を願う人々から篤い信仰を集めています。
和気広虫姫命

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