関蝉丸神社 上社 - 神社ファン

有名度

前頭

関蝉丸神社 上社

かみしゃ

滋賀県大津市逢坂一丁目20

滋賀県大津市逢坂一丁目20

かんたんご利益

  • 健康
関蝉丸神社 上社には

「健康系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

眼病

御祭神

主祭神

猿田彦命 さるたひこのみこと

相殿神

蝉丸霊 せみまるのみたま

神社系統

この神社の主な系統は

白髭・猿田彦系

です。
他に 「不明(1柱)」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

関蝉丸神社 上社は滋賀県大津市に鎮座する神社。御祭神は猿田彦命、蝉丸霊の2柱をまつる。
社格は旧郷社。
創祀は弘仁13年(822年)と伝えられ、小野岑守が旅人の守護神として猿田彦命を山上の上社に、豊玉姫命を麓の下社に祀ったことを起こりとする。逢坂山は京都と近江の境に位置し、琵琶湖と京都・畿内を結ぶ交通の要衝であったことから、往来の安全を願う信仰が早くから育まれた。こうした地理的背景のもと、関の守護神、坂の神、道の神として崇敬を集めるようになった。貞観17年(876年)には従五位下の神階を授けられ、六国史に名が見える国史見在社とされる。古代以来、国家的な祭祀体系の中に位置づけられていたことがうかがえる。また、境界の地であったことから疫神祭が斎行されたと伝わり、都に悪病が広がらぬよう祈る信仰も重ねられてきた。
平安時代中期には、琵琶の名手で歌人として知られる蝉丸が逢坂山に住んだと伝えられ、没後にその霊が上社・下社へ合祀されたという。合祀の時期は天慶9年(946年)とも平安時代末とも伝承が分かれるが、蝉丸霊を合わせ祀ることで、関の守護神としての性格に加え、歌舞音曲や諸芸の神としての信仰が広がった。天禄2年(971年)に綸旨が下賜されたとも伝えられ、芸能に携わる人々の崇敬を集める存在となっていった。
江戸時代には、諸国の説教者や雑芸人を統轄する存在として位置づけられ、免許を受ける人々が全国的に広がったとされる。近世を通じて芸能文化との結びつきを深め、近代には昭和5年(1930年)に郷社へ列格し、地域の守護と芸能信仰の両面をあわせ持つ神社として制度上も整理された。
上社は逢坂越えの山上側に鎮座し、下社と対をなす配置が特徴である。上下二社に蝉丸霊を配祀する構造は、道の神としての信仰と音曲芸道の祖神としての信仰が重層してきた歴史を今に伝える。祭事では蝉丸祭が毎年5月24日付近の日曜日に行われ、神輿が町内を巡行し、御旅所で祓いや祝詞、巫女舞などが奉仕される。日程は固定日ではなく、24日に近い日曜日に斎行されるかたちで伝えられている。
  • 郷社
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出典
公式サイト
http://semimaru.ehoh.net/
滋賀県神社庁
http://www.shiga-jinjacho.jp/