お多賀杓子 | 多賀大社 - 神社ファン

有名度

関脇

多賀大社

たがたいしゃ

滋賀県犬上郡多賀町多賀604

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お多賀杓子

更新日:2026年11月4日

無病長寿の縁起物

多賀大社を代表する授与品のひとつが、「お多賀杓子(おたがじゃくし)」です。無病息災や延命長寿を願う縁起物として知られ、現在も多賀大社で授与されています。
その由来は奈良時代、元正天皇の病気平癒にまつわる伝承にさかのぼります。養老年間(717~724年)、元正天皇が病気になった際、多賀大社の神主が祈願し、強飯(こわめし)を炊いて、しでの木で作った杓子とともに献上しました。すると天皇の病気がたちまち治癒したと伝えられています。
この故事から杓子は「お多賀杓子」と呼ばれ、延命長寿で信仰を集める多賀大社を象徴する縁起物となりました。
お多賀杓子
古くから伝わるお多賀杓子は、現在一般的に使われている飯杓子とは異なり、すくう部分が深く窪み、柄が湾曲した独特の形をしていたといわれています。奈良時代の米飯は現在ほど粘りがなく、硬くこぼれやすかったため、それをすくいやすい形になっていたとする説明も伝えられています。
現在のお多賀杓子には平たい形をしたものもあり、実際に使用できるものから飾るための大きなものまで、さまざまな形で多賀信仰を伝えています。
お多賀杓子は多賀の名物としても長い歴史を持っています。江戸時代の近江の産物を記した『淡海録』の「江州海陸土産」には、多賀の土産として杓子と牛房が記され、後の『犬上郡誌』でも多賀を代表する製造品のひとつとして杓子が挙げられています。神社の縁起物としてだけでなく、多賀の土地を代表する品として広まっていったことが分かります。
また、カエルの幼生を意味する「おたまじゃくし」という言葉は、「お多賀杓子」に由来するともいわれています。古くからのお多賀杓子は柄が曲がった形をしており、その姿とカエルの幼生が似ていたことから、「お多賀杓子」が「お玉杓子」「おたまじゃくし」へ変化したとする説です。
実際に江戸時代には「お多賀杓子」という言葉が使われており、1632年刊行の『尤双紙』にも、曲がったもののひとつとしてお多賀杓子が登場します。現在も多賀町では、お多賀杓子が「おたまじゃくし」の語源ともいわれることが紹介されています。
拝殿内にある「お多賀杓子」アラツク(wikipedia CC 表示-継承 4.0(明るさ変更))
境内でも、お多賀杓子にちなんだものを随所で見ることができます。拝殿にはひときわ目を引く巨大なお多賀杓子が奉納されているほか、願い事を書いて奉納する杓子型の絵馬も多賀大社ならではの光景です。
さらに2024年(令和6年)12月には、境内に大きなお多賀杓子をかたどった石像が奉納されました。木製の杓子や杓子絵馬だけでなく、石造のお多賀杓子も加わり、現在では参拝時に目にする新たな見どころとなっています。
元正天皇の病気平癒伝承から生まれ、江戸時代には多賀を代表する土産物となり、現在も授与品や杓子絵馬として受け継がれているお多賀杓子。延命長寿の「お多賀さん」を象徴する、長い歴史を持つ縁起物です。

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