文庫 | 多賀大社 - 神社ファン

有名度

関脇

多賀大社

たがたいしゃ

滋賀県多賀町多賀604

文庫

更新日:2025年11月15日

幕末の密議が行われた建物

多賀大社の境内には、江戸時代に同社の神職を務めた車戸(くるまど)家の文庫が残されています。桜田門外の変の後、彦根藩は方針を転換し、勤皇の立場をとるようになりました。この転換で大きな役割を果たしたのが、多賀大社の大祢宜であった車戸宗功(そうこう)です。車戸宗功は勤皇の思想を持ち、長州藩士の伊藤俊介(後の初代内閣総理大臣・伊藤博文)ら勤王派と、彦根藩の重臣たちとの仲介役を務めました。徳川幕府の大老を務めた井伊家の領内でありながら、車戸宗功はこの文庫で長州や土佐の志士たちと密会を重ねたと伝えられています。維新前夜の緊迫した時代を今に伝える、きわめて貴重な建物です。
文庫
この文庫は、もともと車戸家の邸内に建てられた蔵で、昭和7年(1932年)に多賀大社の境内へ移築されました。木造二階建ての蔵造りで、分厚い土壁と白漆喰仕上げの外観が特徴です。移築後は「多賀大社文庫」として整備され、現在も境内の一角に静かにたたずんでいます。参拝の際には、社殿や太閤橋などの見どころとあわせて訪れることで、多賀大社が歩んだ歴史と、幕末維新の激動を感じ取ることができます。多賀大社文庫は、信仰と歴史が交差する場所として、多くの参拝者に深い印象を残す建物です。

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