有名度
関脇多賀大社
たがたいしゃ
滋賀県多賀町多賀604
末社 年神神社・竈神社
更新日:2025年11月15日
五穀豊穣と新年を司る「年神神社」
子安神社の隣に鎮座するのは年神神社(としがみじんじゃ)と竈神社です。ひとつのお社に合祀されており、向かって右側が年神神社、左側が竈神社です。年神神社には、大年神(おおとしのかみ)が祀られています。五穀豊穣の御神徳があり、毎年6月30日に例祭が執り行われます。

大年神は日本のお正月と深い関わりがあることでも知られています。正月飾りは、元々この年神をお迎えするためのものです。門松は年神が降りてくる目印、鏡餅は年神に捧げる供物とされています。また、年神がいるとされる方位は「恵方」と呼ばれ、縁起が良いとされています。
では、年神を祀る習慣はどのように生まれたのでしょうか。その由来を伝える昔話が各地に残っていますので、その中のひとつをご紹介します。大晦日の夜、貧しい家を粗末な身なりの旅人が訪れ、宿を乞いました。家の者は快く受け入れ、土間にむしろを広げて休ませたといいます。明くる朝、旅人の姿はなく、むしろの上には多くの金銭が置かれていました。この出来事を知った近隣の人々は「年神の訪れだ」と考え、以来、年末に年神を迎える習わしが広まったといわれます。
この昔話に登場する旅人は、常世国からやってきた福の神のような存在です。そこに農耕神としての要素が結びつき、大年神という信仰が形作られたと考えられています。
火の神を祀る「竈神社」
年神神社と同じ社にお祀りされている竈神社には、火産霊神(ほむすびのかみ)が祀られています。家内安全の御神徳があるとされており、毎年6月30日に例祭が執り行われます。火産霊神は『古事記』の神産みの場面に登場する火の神です。伊邪那岐大神と伊邪那美大神の間に生まれましたが、火の神として生まれたため、出産の際に伊邪那美大神に火傷を負わせてしまいました。これが原因で伊邪那美大神は命を落とし、怒り悲しんだ伊邪那岐大神は十拳剣「天之尾羽張(アメノオハバリ)」で火産霊神の首を斬り落としたと伝えられています。
このような悲劇的な神話を持つ火産霊神ですが、火は古来より人々の生活に欠かせないものでした。竈(かまど)で火を扱い、食事を作り、家族を養う。そうした日々の暮らしを守る神として、火産霊神は家内安全の神様として信仰を集めています。
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