有名度
関脇多賀大社
たがたいしゃ
滋賀県犬上郡多賀町多賀604
拝殿・本殿・御祭神・ご利益
更新日:2026年11月4日
厳かな雰囲気に包まれた多賀大社の中心
太閤橋を渡り御神門をくぐると、広々とした境内の正面に多賀大社の拝殿が建っています。その後方には神楽殿、幣殿、本殿が一直線に並び、左右には長い回廊が延びています。木々に囲まれた境内に檜皮葺の屋根が幾重にも重なる姿は、多賀大社を代表する景観です。
2006年(平成18年)7月1日には、本殿、祝詞舎、幣殿、回廊、拝殿、拝殿袖回廊、手水舎、神馬舎、表門など計11棟が「多賀大社建造物」として多賀町指定有形文化財に指定されています。
翼廊を左右に広げる拝殿
参道の正面に建つ拝殿は入母屋造で、正面に千鳥破風を備えています。間口5間2尺、奥行3間4尺という規模を持ち、屋根は檜皮葺です。左右からは東西の袖回廊が大きく延び、それぞれ13間3尺の長さがあります。正面から見ると拝殿を中心として翼を広げるように回廊が延び、多賀大社の社殿をより壮大に見せています。細部にも注目です。破風板の拝みには猪目懸魚が施され、破風板や鬼瓦、鳥衾には多賀大社の神紋である左三ツ巴につながる巴紋を見ることができます。素木を基調とした落ち着いた社殿に飾り金具がアクセントを加え、華美になりすぎない重厚な姿をつくり出しています。
拝殿の後方には神楽殿、幣殿が続き、そのさらに奥に御祭神を祀る本殿が鎮座しています。本殿は三間社流造で、間口3間5尺、奥行3間4尺、向拝1間を備え、屋根は檜皮葺です。屋根の上には千木と鰹木が置かれています。


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御祭神
多賀大社の御祭神は、伊邪那岐大神(いざなぎのおおかみ)と伊邪那美大神(いざなみのおおかみ)の二柱です。『古事記』によれば、二柱は神代の昔に夫婦となり、日本の国土を生み、続いて天照大神をはじめとする八百万の神々を生んだとされています。そのため多賀大社では二柱を「生命の親神様」として仰いでいます。
伊勢神宮との関係を伝えるものとして知られているのが、「お伊勢参らばお多賀へ参れ お伊勢お多賀の子でござる」という古くからの俗謡です。伊勢神宮の内宮に祀られる天照大神の親神にあたる二柱を多賀大社が祀ることから生まれたもので、古くから「お多賀さん」と親しまれてきた信仰の広がりを現在に伝えています。

ご利益
多賀大社で特に篤く信仰されてきたのが延命長寿です。国土や数多くの神々を生んだ「生命の親神様」を祀ることから、命を守り寿命を延ばす神として信仰されてきました。境内やその周辺にも延命長寿にまつわる伝承が数多く残されています。東大寺再建を託された俊乗坊重源が多賀大社へ参詣し、20年の寿命を授かったと伝える「寿命石」や、元正天皇の病気に際して神主が強飯と杓子を献上すると病が癒えたという「お多賀杓子」の伝承は、多賀大社の延命・健康信仰を象徴するものです。
さらに夫婦神である伊邪那岐大神と伊邪那美大神を祀ることから、縁結びの神としても信仰されています。男女の良縁だけでなく夫婦円満や家庭の安泰などを願う参拝者も訪れます。
多賀大社公式では、御祭神の御神徳として「延命長寿・縁結び・厄除け」を掲げています。長い歴史のなかでは武家から庶民に至るまで信仰が広がり、現在も健康や長寿、良縁、厄除けなどさまざまな願いを託す参拝者が本殿を訪れています。
井伊家の信仰を伝える青銅の灯籠
拝殿前に置かれた2対の青銅製の灯籠にも注目です。これは彦根藩主の井伊直該が寄進したものと伝えられ、彦根藩井伊家と多賀大社との深いつながりを現在に伝えています。井伊家と多賀大社の関係は灯籠だけではありません。江戸時代には井伊家から神領が加増されるなど、多賀大社は彦根藩との深い関係のもとで崇敬を受けました。滋賀県神社庁の由緒にも、慶安4年(1651年)に井伊家から150石の神領が加増されたことが記されています。


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