関蝉丸神社 下社 - 神社ファン

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関蝉丸神社 下社

せきせみまるじんじゃ

滋賀県大津市逢坂一丁目15-6

滋賀県大津市逢坂一丁目15-6

拝殿

KENPEI(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

関蝉丸神社 下社以外にも 関明神 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 恋愛
  • 健康
  • 学業
  • 子供
関蝉丸神社 下社には

「恋愛系」「健康系」「学業・技芸系」「子供系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

縁結び 安産 子孫繁栄 歌舞音曲・芸能の祖神 眼病

御祭神

主祭神

豊玉姫命 とよたまひめのみこと

相殿神

蝉丸霊 せみまるのみたま

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」

です。
他に 「不明(1柱)」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

関蝉丸神社 下社は滋賀県大津市に鎮座する神社。御祭神は豊玉姫命、蝉丸霊の2柱をまつる。
社格は国史見在社であり、旧郷社。
創建は伝弘仁13年(822年)とされ、小野岑守が旅人を守護する神として、猿田彦命を逢坂山の山上に上社として、豊玉姫命を山麓に下社として祀ったことに始まる。逢坂山は古くから京都と近江を結ぶ交通の要衝であり、逢坂の関に接する地勢から、往来の安全や道中守護を願う信仰を集めてきた。
貞観17年(876年)には従五位下の神階を受け、六国史にその名が見える国史見在社とされる。平安時代中期には、琵琶の名手で歌人としても知られる蝉丸が逢坂山に住んだという伝承が広まり、その死後、蝉丸霊が上社・下社に合祀されるようになった。
天禄2年(971年)には綸旨を受け、歌舞音曲の神としての信仰が明確になり、以後は芸能や諸芸に携わる人々の崇敬を集める神社として広く知られるようになる。江戸時代に入ると、その信仰は各地へと広がり、近代には昭和5年(1930年)に郷社へ列格した。
近年では管理者不在の時期が続き老朽化が進んだほか、2013年(平成25年)には倒木被害も受けたが、2015年(平成27年)以降、「関蝉丸芸能祭」の開催などを契機として再興の動きが強まり、2023年(令和5年)には修復工事が進められた。
下社に伝わる石燈籠(時雨燈籠)は国指定重要文化財に指定されている。例祭は5月の蝉丸祭で、5月24日付近の日曜日に神輿巡行を伴って斎行される。
  • 郷社
  • 国史見在社
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神社詳細

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建築

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出典
公式サイト
http://semimaru.ehoh.net/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%A2%E8%9D%89%E4%B8%B8%E7%A5%9E%E7%A4%BE
滋賀県神社庁
http://www.shiga-jinjacho.jp/