有名度
関脇猿田彦神社
さるたひこじんじゃ
三重県伊勢市宇治浦田2-1-10
たから石・さざれ石
更新日:2026年9月5日
縁起の良い石「たから石」
御本殿に向かって右手、佐瑠女神社の前にあるのが「たから石」です。大きな石の形が、七福神や財宝を乗せる縁起物として知られる「宝船」に似ていることから、たから石と呼ばれています。

見る角度によって宝船や白蛇の姿を想像できるので、全体を見るだけでなく、石の形や模様にも注目してみてください。
金運アップを願って写真を撮り、スマートフォンの待ち受けにしたり、自宅の普段よく見える場所に写真を飾ったりする人もいるそうです。

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国歌で有名な「さざれ石」
境内社の佐瑠女神社に向かって左手には「さざれ石」があります。さざれ石は、日本の国歌『君が代』の「さざれ石の 巌となりて」という歌詞に登場することでよく知られています。猿田彦神社だけでなく、全国の神社などでもさざれ石を見ることができます。

『君が代』では、小さなさざれ石が長い年月を経て「巌」となるほどの悠久の時間が歌われています。
小さな石が集まり、長い年月をかけて大きな岩となっていく姿から、さざれ石は長寿や繁栄につながる縁起の良い石としても親しまれています。実際に近くで見ると、大小さまざまな石が一つの大きな塊になっている様子を確認できます。

本居宣長歌碑
本殿右手、参拝休憩所の近くには、江戸時代を代表する国学者・本居宣長の歌碑があります。寛政11年(1799)、本居宣長は伊勢神宮参宮の際に宇治土公家を訪れ、定津神主の家に宿泊しました。その際、定津神主に贈った歌が現在の歌碑に刻まれています。
「神世より 神の御末とつたへ来て 名くはし宇治乃土公わが勢」
歌に詠まれている宇治土公家は、猿田彦大神の直系の子孫とされ、代々猿田彦神社の宮司を務めてきた家です。本居宣長は、その長い家系と猿田彦大神とのつながりを歌に詠みました。
宣長が宇治土公家を訪れたのは寛政11年(1799)4月4日で、伊勢神宮の両宮を参拝する途中に定津神主を訪ね、その夜は宇治土公家に宿泊しています。
現在の歌碑に刻まれている歌と筆跡は、猿田彦神社に伝わる本居宣長自筆の懐紙をもとにしたものです。歌碑は高さ約4mにも及び、本居宣長の歌碑として最大とされています。
境内でもひときわ大きな石碑なので、刻まれた歌だけでなく、その大きさにも注目してみてください。

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