津島神社六社参り | 津島神社 - 神社ファン

有名度

関脇

津島神社

つしまじんじゃ

愛知県津島市神明町1番

津島神社六社参り

更新日:2026年2月26日

津島神社六社参りとは?

津島神社は、欽明天皇元年(540年)に西国対馬から須佐之男命が居森の地にご来臨されたことを創始とし、当初は「津島社」と称したと伝えられています。
その後、仏教の伝来に伴い神仏習合の思想が広まり、日本の神は仏の化身であるとする考え方が生まれました。これにより津島神社の御祭神は「牛頭天王」とされ、社名も「津島牛頭天王社」と改められました。この形態は明治の神仏分離まで続きます。
奈良時代から平安時代にかけて疫病が流行し、人々は強い霊威をもつ神に守護を求めました。牛頭天王信仰はこうした背景のもとで広まり、津島神社の神職は「御師」として各地を巡り、祈祷や神札の頒布を通じて信仰を広めました。その結果、現在では全国に3,000社以上の御分霊社があるとも、町内社を含めれば10,000社に及ぶともいわれています。
また、日本の神々は荒魂・和魂・幸魂・奇魂の四魂を持ち、これを総称して直霊と呼ぶとされます。荒魂は活動、和魂は調和、幸魂は幸福、奇魂は霊的作用を司ると伝えられます。
津島神社では創建以来、御祭神建速須佐之男命を祀る諸社を守り伝え、現在は本殿のほか荒魂社・柏樹社・和魂社・居森社など六社を境内に祀っています。御祭神の御神徳をそれぞれに仰ぐことができる点は、全国的にも特色ある構成といえます。
津島神社には30社以上の摂末社があり、すべてを参拝するのは容易ではありませんが、まずは六社をお参りいただき、大神様の御神徳をお受けになることをおすすめします。
津島神社六社参り
①~⑥の順序でご参拝ください。

① 本殿(直霊)
三間社流造、檜皮葺。昭和25年8月29日に国の重要文化財に指定されています。社伝には「嵯峨天皇弘仁9年(810年)に現在地へ移られた」と伝えられます。現社殿は慶長10年(1605年)、清洲城主で徳川家康四男の健康祈願のため、室政子の方の寄進によるものとされます。
本殿
② 摂社 荒御魂社(あらみたまのやしろ)〈荒魂〉
一間流造、銅板葺。宝暦9年造営。昭和56年2月23日に県指定文化財となりました。もとは八岐大蛇の霊を祀る「蛇毒神社」と称し、屋根は津島神社独特の古式を今に伝えています。
荒御魂社 社殿
③ 摂社 柏樹社(かしわぎのやしろ)〈奇霊〉
もとは「柏宮」「柏社」と称しました。天平元年(757年)、神託により居森の地から現在地へ遷されたと伝えられます。現社殿は宝暦10年造営です。
柏樹社 社殿
④ 摂社 和魂社(にぎみたまのやしろ)〈和魂〉
もとは蘇民将来を祀る「蘇民社」と称し、姥が森(現・愛西市町方新田)に鎮座していたと伝えられます。のちに瑞垣内へ移されました。正月4日には祭礼が行われ、本社拝殿前に茅の輪を設け、無病息災を祈る輪くぐりが行われます。現社殿は宝暦10年造営です。
和御魂社 社殿
⑤ 摂社 居森社(いもりのやしろ)〈幸霊〉
一間流造、銅板葺。天正19年(1591年)、豊臣秀吉の母・大政所の寄進による社殿と伝えられます。昭和56年2月23日に県指定文化財となりました。社伝では、欽明天皇元年(540年)に須佐之男命が西国対馬から来臨された地とされています。屋根は津島神社独特の古式を残しています。
居森社 社殿
⑥ 末社 疹社(はしかのやしろ)〈和魂〉
古くから麻疹や疱瘡の守神として信仰を集めました。桟俵に一合徳利の酒と赤飯を載せ、三本の縄で社近くの木に吊るして病の軽減を祈る信仰が、昭和30年代まで見られました。社殿は大日女社とともに居森社と併せて造営されたもので、屋根は津島神社独特の古式を伝えています。
疹社 社殿

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