土用殿 | 熱田神宮 - 神社ファン

有名度

大関

熱田神宮

あつたじんぐう

愛知県名古屋市熱田区神宮一丁目1番1号

😞 🙁 😐 🙂 😄

土用殿

更新日:2026年9月1日

かつて草薙神剣を奉安していた御殿

「こころの小径」の途中、神楽殿の北に建つのが「土用殿(どようでん)」です。
土用殿は、三種の神器の一つ「草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)」をかつて奉安していた重要な御殿です。
現在の本宮が神明造に改められる以前、土用殿は旧本殿の東側に並んで建っていました。明治26年(1893)の遷宮によって本宮が神明造へ改修されるまで、草薙神剣はこの土用殿に奉安されていました。
土用殿の造営は古く、永正14年(1517)に室町幕府第10代将軍・足利義稙によって造営されたと伝えられています。その後、天文11年(1542)に修造されました。
土用殿 社殿

宝庫造・井楼組と呼ばれる特徴的な建築

かつての土用殿は「宝庫造」と呼ばれる建築で、俗に「井楼組(せいろうぐみ)」とも呼ばれていました。
井楼組は木材を井桁状に組み上げる構造で、草薙神剣を奉安する御殿にふさわしく、一般的な神社の社殿とは異なる宝庫のような姿をしていました。屋根は切妻造の檜皮葺で、箱棟を載せていました。
土用殿はその後失われましたが、昭和46年(1971)に復元されました。現在の建物は旧来の宝庫造・井楼組の姿を伝える一方、屋根はかつての檜皮葺ではなく銅板葺となっています。
熱田神宮の信仰の中心である草薙神剣が実際に奉安されていた場所という点で、現在の土用殿は熱田神宮の歴史を知るうえでも重要な建物です。
熱田神宮 土用殿 案内版
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烏が供え物を食べる「烏喰の儀」

土用殿では、現在も「烏喰の儀(おとぐいのぎ)」と呼ばれる珍しい神事を見ることができます。
烏喰の儀は土用殿そのものの祭典ではなく、五穀豊穣の神・大年神を祀る御田神社の祈年祭と新嘗祭に関係する神事です。
祭員が「ホーホー」と声を出して烏を呼びながら、「粢(しとぎ)」と呼ばれる供え物を土用殿の屋根の上へ投げ上げ、まず烏に食べさせます。
古くは、呼びかけても烏が飛んでこなかったり、飛んできても供え物を食べなかったりした場合には、その後の祭典が行われなかったとも伝えられています。
現在も御田神社の祈年祭では烏喰の儀が行われ、その後には独特の所作を伴う「韓神舞(からかみのまい)」が奉仕されます。
土用殿の屋根
かつて草薙神剣を奉安した歴史を持ち、現在は烏喰の儀の舞台にもなる土用殿。小さな建物ですが、熱田神宮の神剣信仰と古い農耕神事という二つの歴史を伝える、見逃せない場所です。

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