有名度
関脇小國神社
おくにじんじゃ
静岡県周智郡森町一宮3956-1
並宮・全国一宮等合殿社・飯王子社
更新日:2026年9月22日
本社に準じる重要な摂社・並宮
小國神社の摂社である並宮(なみのみや)は、本殿脇の玉垣内に鎮座しています。御祭神は伊邪那美命(いざなみのみこと)、事解男命(ことさかおのみこと)、速玉男命(はやたまおのみこと)の3柱です。
並宮はその名のとおり、古くから本社に並ぶ重要な社として祀られてきました。社殿の造りから祭典の儀式に至るまで本社に準じて行われており、小國神社の摂末社のなかでも特別な位置を占めています。
明治15年(1882)の火災では本社とともに焼失。その後は境内の八王子社に祀られていましたが、明治100年を記念して昭和43年(1968)、本殿脇の旧社地に復興されました。
現在の社殿は大鳥居造で、屋根は檜皮葺です。令和のお屋根替えでは本殿などに続いて修復が行われ、令和4年(2022)に工事を終えました。
玉垣内に鎮座するため通常の参拝では社殿の近くまで行くことはできませんが、本殿を参拝する際には、その脇に鎮座する並宮にも注目してみてください。

全国の一宮など73柱を祀る全国一宮等合殿社
御神木であった大杉のそばに鎮座するのが、全国一宮等合殿社(ぜんこくいちのみやとうごうでんしゃ)です。その名のとおり、全国の一宮などの御祭神73柱を一つの社に祀っています。
延宝8年(1680)の社記や古文書に残る社頭配置図によると、かつて小國神社の境内各所には、全国の一宮などの御祭神を祀る社がそれぞれ鎮座していました。
ところが明治15年(1882)の火災で本殿が焼失。境内社も焼失や損壊、老朽化などによって維持することが難しくなり、御祭神は境内の八王子社へ仮に合祀されました。
それから100年以上を経た平成元年(1989)12月、氏子崇敬者の守護神として現在の全国一宮等合殿社に復興・鎮斎されました。
かつて境内各所に祀られていた全国の一宮などの神々を一社に祀るという、小國神社の長い歴史を現在に伝える特徴的な末社です。

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五穀豊穣の神託から生まれた飯王子社
第一の鳥居をくぐった先の左手に鎮座する飯王子社(いいおうじしゃ)は、小國神社の摂社で、御祭神として保食神(うけもちのかみ)を祀ります。飯王子社には、五穀豊穣にまつわる興味深い創建伝承が残されています。
昔、遠州横須賀の地方では天候不順によって五穀が実らず、困った住民たちが小國神社へ参拝し、豆を捧げて豊作を祈願しました。
すると村長の夢に神託があり、横須賀の方向へ社殿を向けて飯王子社を建て、保食神を祀れば五穀が実ると告げられたといいます。その神託に従って社を建てたところ、それ以降、不作の年がなくなったと伝えられています。
この伝承は現在の祭典にも受け継がれています。
2月15日の例祭では、故事にちなみ特殊神饌として小豆と大豆が供えられます。祭典に供えた大豆を馬や牛に与えると、災いなく無病に育つとも伝えられてきました。
五穀豊穣を願った人々の祈りと神託の伝承が、現在の祭典にまでつながっている飯王子社。小さな摂社ですが、小國神社と遠州の農耕信仰との関わりを伝える見どころの一つです。

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