経塚遺跡 | 小國神社 - 神社ファン

有名度

関脇

小國神社

おくにじんじゃ

静岡県周智郡森町一宮3956-1

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経塚遺跡

更新日:2026年9月22日

神仏習合時代の遺跡

小國神社の本殿裏側には、神仏習合の歴史を伝える「経塚遺跡」が残されています。
経塚とは、仏教の経典を書写したものなどを地中に埋納した塚のことです。奈良時代頃から神仏習合が進むと、神社でも写経した経典を神前へ奉納したり、経塚へ納めたりする風習が行われるようになりました。
小國神社の経塚は本殿裏にあり、現在残っている北半分は径16メートル前後あります。
経塚から発見された陶製の外容器には「仁安三年」の銘が残されており、仁安3年(1168)に経塚が造営されたことを伝えています。平安時代末期に広まった末法思想に基づく経塚造営が、遠江地方にも及んでいたことを知ることができる遺跡です。
明治18年(1885)、本殿の修築に際して塚の半分が削られたため、現在は半月形になっています。
このとき経塚からは、仁安3年9月28日の銘がある土器1個をはじめ、経筒2個、古鏡2面、曲刀一振などが出土しました。これらは森町の指定文化財となっており、現在も小國神社の宝蔵に保存されています。
さらに興味深いのが、徳川家康が小國神社へ奉納した「三条小鍛冶宗近」銘の大刀二振も、この本殿裏の経塚から出土していることです。
家康は元亀3年(1572)、小國神社へ願文と三条小鍛冶宗近銘の大刀二振を奉納し、戦勝と開運を祈願したと伝えられています。したがって、この大刀は仁安3年の経塚造営時に納められたものではなく、経塚が造られてから約400年後に奉納されたものです。
平安時代末期の経塚から、戦国時代に徳川家康が奉納した大刀まで出土しているところも、小國神社の長い歴史を感じさせます。
通常、経塚のある場所へ自由に立ち入ることはできませんが、拝観を希望する場合は3日前までに小國神社の受付へ申し出て事前予約することで拝観できます。
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納経とも関係が深い御朱印

神社を参拝した際にいただく御朱印も、経典を奉納する「納経」と深い関係があります。御朱印の起源は、奈良・平安時代に神社や寺院へ書写した経典を奉納した際、その証として受け取った「納経受取の書付」にあると考えられています。
神仏習合の時代には、神社へ経典を奉納することも珍しいものではありませんでした。小國神社に現在も経塚が残されていることは、神社と仏教が深く結びついていた時代を現在に伝える一例です。
こうした納経の証は、やがて経典を納めなくても参拝の証として受けられるようになり、現在の御朱印へとつながっていったと考えられています。
小國神社でも参拝の証として御朱印をいただくことができます。まず神前へ参拝し、その後に御朱印を受けるとよいでしょう。
普段は立ち入ることのできない本殿裏に、平安時代末期の経塚が現在まで残されていることを知ると、小國神社が神仏習合の歴史を現在に伝える神社でもあることが分かります。

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