少彦名神社 | 静岡浅間神社 - 神社ファン

有名度

関脇

静岡浅間神社

しずおかせんげんじんじゃ

静岡県静岡市葵区宮ヶ崎町102-1

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少彦名神社

更新日:2026年9月21日

静岡県内唯一の医薬の神

少彦名神社(すくなひこなじんじゃ)は、静岡浅間神社境内の北部に鎮座する境内社です。主祭神は少彦名命(すくなひこなのみこと)で、静岡浅間神社では「県内唯一の医薬の神」として、医療・薬業の守護、病気平癒・身体健全の信仰を集めています。
少彦名命は大己貴命(大国主命)とともに国造りを行った神として『古事記』『日本書紀』に登場します。医薬のほか酒造、技芸上達、知恵などにも関わる神として信仰されており、少彦名神社には現在も医薬品関係者をはじめ多くの参拝者が訪れています。
少彦名神社 社殿Suikotei(Wikipedia CC 表示-継承 4.0)

もとは薬師如来を祀る「神宮寺薬師社」

少彦名神社は、もともと「神宮寺薬師社」と称し、薬師如来や十二神将などが安置されていました。現在は神社となっていますが、その前身には神仏習合の時代の信仰が深く関わっています。
明治初年の神仏分離によって神宮寺薬師社は少彦名神社となり、それまで安置されていた薬師如来・十二神将などは臨済寺へ遷されました。同じく八千戈神社の前身である摩利支天社に祀られていた摩利支天像も臨済寺へ遷されており、神仏分離以前の静岡浅間神社の姿を知るうえでも興味深い歴史です。
また、明治時代には神部神社の末社14社の神々が相殿に祀られました。現在も伊弉諾尊、高皇産霊神、天照大御神、建御名方命、大山祇命、大己貴命、誉田別命、素盞嗚尊など、多くの神々が相殿神として祀られています。
現在の本殿は1850(嘉永3)年に建てられたもので、桁行3間、梁間2間、一重の入母屋造り、本瓦形銅板葺です。漆塗りと極彩色で飾られた江戸時代末期の華麗な社殿で、1971(昭和46)年に国の重要文化財に指定されました。
「平成・令和の大改修」では、大歳御祖神社に続いて少彦名神社の漆・彩色の塗り替えが行われ、2018(平成30)年3月に保存修理が完了しました。鮮やかな色彩がよみがえった現在の社殿では、江戸時代末期の職人たちによる精巧な彫刻をじっくりと見ることができます。
静岡浅間神社 小彦名神社 正面
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見どころは立川流の「十二支」彫刻

少彦名神社最大の見どころが、本殿の蟇股に施された十二支の彫刻です。立川流の職人による作品で、十二支の動物たちが植物などと組み合わされ、極彩色で生き生きと表現されています。
正面中央を飾るのは「竹と虎」です。向かって左には「兎と躑躅」、右には「亥と石楠花」が彫られており、社殿の周囲を歩きながら十二支の動物を探すのも少彦名神社ならではの楽しみ方です。
少彦名神社 干支の彫刻
なかでも注目したいのが正面の虎です。静岡浅間神社は徳川家康と深い関わりを持つ神社ですが、虎が正面中央に配置されているのは、家康が寅年生まれであったことにちなんだものともいわれています。
十二支のうち「子」と「丑」だけは本殿内部にあるため、通常の参拝では見ることができません。外側には前後3か所ずつ、左右2か所ずつの計10か所に彫刻があり、残る2つが内部に配置されています。

「子」と「丑」を見られる1月8日の例祭

普段は見ることのできない「子」と「丑」の彫刻を見る機会となるのが、毎年1月8日に行われる少彦名神社例祭です。
例祭は医薬・病気平癒の守護神を祀る祭典として、市内の医薬品関係者や崇敬者が参列して斎行されます。祭典終了後には一般の参拝者にも昇殿参拝が許されます。
普段は外側から10種類しか見ることのできない十二支の彫刻ですが、この機会には本殿内部の「子」「丑」にも注目です。十二支すべての彫刻を見たい人にとって、1月8日は特別な参拝日となっています。
神仏習合の時代には薬師如来を祀る神宮寺薬師社であり、神仏分離後は医薬の神・少彦名命を祀る神社となった少彦名神社。信仰の形は変わっても、「医薬」という性格が受け継がれているところも、この神社の非常に興味深い点です。

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