有名度
関脇静岡浅間神社
しずおかせんげんじんじゃ
静岡県静岡市葵区宮ヶ崎町102-1
八千戈神社
更新日:2026年9月21日
家康の念持仏を祀った「摩利支天社」が前身
八千戈神社(やちほこじんじゃ)は、静岡浅間神社の境内社のひとつです。現在は神社ですが、その前身は徳川家康が篤く信仰した摩利支天を祀る「摩利支天社」でした。摩利支天は武士から戦勝の守護として信仰された仏教の尊格で、徳川家康も深く信仰していました。摩利支天社には、家康の念持仏であった摩利支天像が祀られていたと伝えられています。
小池 隆(Wikipedia CC 表示 3.0)江戸時代後期の大造営では、八千戈神社の造営は神部神社・浅間神社の本殿に次いで行われました。現在の社殿は1838(天保9)年に上棟したもので、静岡浅間神社公式でも「本殿中・両社本殿に次ぐ大きさ」と紹介されています。
御祭神・ご利益
主祭神は八千戈命(やちほこのみこと)です。神部神社に祀られる大己貴命の荒御魂神とされ、大国主命の別名としても知られています。八千戈命はさまざまな苦難を乗り越えて道を開いた神であることから開運の神として信仰されています。また、武の霊力を発揮して国土経営にあたった神とされ、武運長久・必勝のほか、スポーツや武道、合格祈願などの信仰を集めています。
八千戈神社には、明治時代の神社整理などによって多くの神々が相殿に祀られました。現在は浅間神社の末社9社、大歳御祖神社の末社3社、麓山神社の末社3社をはじめ、旧安倍郡城内の稲荷神社、旧明屋敷村の国分天神・騎射御霊の神々が相殿に奉祀されています。

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豪華な八千戈神社本殿
八千戈神社本殿は、桁行3間、梁間4間、一重の入母屋造りです。正面には千鳥破風、3間の向拝には軒唐破風が設けられ、屋根は本瓦形銅板葺となっています。総漆塗りの社殿を極彩色の彫刻が飾る豪華な建築で、江戸時代末期の静岡浅間神社造営を代表する建造物のひとつです。本殿のほか中門、南透塀、北透塀も1838(天保9)年の建築で、1971(昭和46)年に国の重要文化財に指定されています。
見どころは二十四孝の彫刻
八千戈神社最大の見どころのひとつが、蟇股に施された「二十四孝」の彫刻です。二十四孝とは、中国に伝わる親孝行で知られた24人の故事を集めたもので、日本にも伝わり、御伽草子などを通じて広く知られるようになりました。
八千戈神社では、この二十四孝の物語が一つひとつ精巧な彫刻によって表現されています。制作に携わったのは静岡浅間神社の社殿群を彩った立川流の職人たちで、神社公式でも「立川流の円熟した技を見ることが出来る」と紹介されています。
漆塗りの社殿に極彩色で表現された人物や情景は、単なる装飾ではありません。それぞれが中国に伝わる故事の一場面となっているため、物語を知ってから鑑賞すると、登場人物の仕草や持ち物など細かな表現にも目が向き、彫刻の面白さがさらに深まります。

通常非公開の内部が公開されることも
八千戈神社の内部は通常非公開ですが、例祭が行われる10月15日には、祭典終了後に昇殿参拝できることが神社公式で案内されています。また、文化財の特別公開などによって内部を見学できる機会が設けられることもあります。普段は間近で見ることのできない社殿内部や二十四孝の彫刻をじっくり鑑賞できる貴重な機会です。
徳川家康が信仰した摩利支天を祀る社から、明治の神仏分離を経て現在の八千戈神社へ。そして社殿には、立川流の職人たちが残した二十四孝の彫刻が並びます。徳川家康との関わり、神仏分離の歴史、江戸時代後期の建築と彫刻を一度に知ることができる、静岡浅間神社でも特に見どころの多い境内社です。
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