須山浅間神社 - 神社ファン

有名度

前頭

須山浅間神社

すやませんげんじんじゃ

静岡県裾野市須山722

静岡県裾野市須山722

参道と拝殿

Himai1990(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

須山浅間神社以外にも 南口下宮須山浅間神社 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 子供
  • 厄除
須山浅間神社には

「子供系」「厄除・開運系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

安産 子宝 火難除け

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

浅間・サクヤビメ系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

須山浅間神社は静岡県裾野市に鎮座する神社。御祭神は木花咲耶姫命の1柱をまつる。
社格は旧郷社。
社殿旧記によれば、須山浅間神社は日本武尊の東征に際してこの地に創建されたと伝えられている。さらに欽明13年(552年)には蘇我稲目によって再興されたとされ、古代より富士山麓の信仰と深く結びつきながら歩んできた神社である。
往古、この地は富士山東口にあたる要衝であり、須山浅間神社は富士登拝における重要な拠点として信仰を集めてきた。富士山本宮浅間大社に伝わる正治2年(1200年)の文書には「東口珠山」の名が見え、須山口が早い段階から富士登拝の正式な入口として認識されていたことがうかがえる。その後、登山道の整備が進むにつれて、当社は南口登山道における富士浅間信仰の下宮としての性格を帯びるようになったと伝えられている。
中世以降も須山口は富士信仰を支える拠点であり続け、遅くとも大永4年(1524年)の棟札が伝わることから、この頃までに社殿が整えられていたことが確認できる。しかし宝永4年(1707年)の宝永大噴火により、須山口一帯は甚大な被害を受け、登山路や周辺の宗教施設は大きな打撃を被った。噴火後は信仰活動も停滞したが、安永9年(1780年)に至って登山道の復興が進められ、須山を中心とする富士信仰は再び立て直されていった。
こうした長年にわたる富士山信仰の歴史と文化的価値が評価され、須山浅間神社の境内地および社叢は平成23年2月7日に国の文化財(史跡)に指定され、樹齢400年から500年に及ぶ杉の巨木が点在する境内は、富士登拝の入口としての歴史を感じさせる厳粛な景観を今に伝えている。
  • 郷社
スポンサーリンク

神社詳細

摂末社・境内社

情報募集

例祭

情報募集

文化財

情報募集

建築

情報募集

神紋

情報募集

出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A0%88%E5%B1%B1%E6%B5%85%E9%96%93%E7%A5%9E%E7%A4%BE
静岡県神社庁
http://www.shizuoka-jinjacho.or.jp/