今尾神社 - 神社ファン

有名度

前頭

今尾神社

いまおじんじゃ

岐阜県海津市平田町今尾3055番地の8

岐阜県海津市平田町今尾3055番地の8

鳥居と参道

Monami(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

かんたんご利益

  • 仕事
今尾神社には

「仕事系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国家隆昌 生命力向上 五穀豊穣

御祭神

豊受姫大神 とようけひめのおおかみ
天津大神 あまつおおかみ

神社系統

この神社の主な系統は

伊勢・神明系

です。
他に 「不明(1柱)」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

今尾神社は岐阜県海津市に鎮座する神社。御祭神は豊受姫大神、天津大神の2柱をまつる。
社格は旧郷社。
今尾神社の創建は慶長19年(1614年)9月16日と伝えられている。当地・今尾は伊勢神宮外宮の神領であったことから、外宮より五穀の祖神である豊受姫大神を勧請し、神明神社として祀られたのが始まりである。往古には伊勢外宮領として年中御饌供料を奉献し、御師に給分が定められていたとされ、伊勢神宮との結びつきが極めて深い神社であったことがうかがえる。
一方、鯰池周辺には、古くからこの地の産土神として天神神社が鎮座していたとされる。創建の年代や詳しい由緒は明らかではないものの、地域の人々にとって身近な守護神として信仰を集めてきた存在であった。明治期に入ると、今尾神社は近郷10ヶ村の総社としての性格を強め、近代社格制度のもとで郷社に列し、地域信仰の中心的役割を担うようになる。
しかし、明治29年(1896年)、長良川・揖斐川の大洪水によって、今尾の産土神とされていた天津神社の社殿社地は流失する被害を受けた。幸いにも御神体は難を逃れ、神明神社へ仮移設されることとなる。その後、昭和3年(1928年)に天津神社は正式に合祀され、これを機に社名を地名にちなむ今尾神社へと改めた。
昭和9年(1934年)には社殿の改築が行われ、戦前期を通じて境内の整備が進められた。さらに昭和35年(1960年)6月10日には、岐阜県神社庁より県神社庁長参向指定神社(金幣社)の指定を受け、地域における格式と信仰の厚さをあらためて示すこととなった。
昭和37年(1962年)10月には、豊受姫大神勧請350年祭が斎行され、創建以来の歴史を振り返る節目の神事が執り行われている。また、尾張藩主が南濃沃野の五穀豊穣を祈願して建立した由緒があるとも伝えられ、今尾城主となった竹腰家の崇敬や、尾張藩主徳川家による代参・祈願の記録が残るなど、領主層からの信仰も受けてきた神社である。
秋の例祭は10月18日に行われ、前夜には忌火や焚き湯立てによる清祓と招魂の行事が斎行される。当日は御輿2基が御旅所である秋葉神社へ神幸し、今尾の町に祭礼の賑わいをもたらす。
さらに、今尾の左義長は岐阜県重要無形民俗文化財に指定される伝統行事として知られる。その起源は正月17日の御日待に始まったとされ、火伏せの行事として次第に盛大になり、明和4年(1767年)には御旅所である秋葉神社が創建されるに至ったという。現在も秋葉神社で行われ、竹神輿を担ぎ込み焚き上げる勇壮な火祭りとして、地域に受け継がれている。
  • 郷社
スポンサーリンク

神社詳細

摂末社・境内社

情報募集

例祭

情報募集

文化財

情報募集

建築

情報募集

神紋

情報募集

出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%8A%E5%B0%BE%E7%A5%9E%E7%A4%BE
岐阜県神社庁
https://www.gifu-jinjacho.jp/