有名度
大関諏訪大社 下社春宮
すわたいしゃ しもしゃはるみや
長野県諏訪郡下諏訪町193
式年造営御柱大祭
更新日:2025年7月7日
諏訪大社最大の神事
式年造営御柱大祭は、寅年と申年の7年ごとに行われる式年祭であり、諏訪大社最大の神事です。宝殿の造り替えと、社殿の四隅にある「御柱」と呼ばれる大木の建て替えが行われます。通称「御柱祭」とも呼ばれており、諏訪地方の6市町村21万人の氏子が参加する天下の大祭です。長野県指定無形民俗文化財に指定されています。歴史は古く、平安時代初期には御柱祭の記録が残されていると伝わります。武田信玄もこのお祭りには力を入れていたそうです。かつての御柱祭では宝殿や御柱の外にも、社殿から鳥居に至るまでの建物の建替えが行われていました。そのため、その年は元服式や結婚式、家の新築や増改築が禁じられ、葬式も仮埋葬に留めさせられることもあったそうです。
御柱祭は大きくは4月上旬の「山出し」と5月上旬の「里曳き」に分かれており、上社と下社は1週間の期間をおいて別々に行われます。
山出しは、神林で伐採された御柱を人の力のみで里へと運ぶ行事です。
下社の御柱8本は、約12キロ離れた霧ヶ峰高原の続く国有林から切り出されたもので、樹齢150年から200年ほどの樅(もみ)の木が使用されます。棚木場には、祭りの1年ほど前に伐採され皮を剥がれた御柱が置かれており、それを里へ曳いていきます。
山出しの最初の難関は「萩倉の大曲」です。道が細く曲がっており、全体を見渡すことができません。大きな御柱を一気に通り抜けさせられるか、腕の見せ所です。
Si-take.(Wikipedia CC 表示-継承 3.0)山出しから約1か月後には「里曳き」が行われます。御柱は「よいさ」の掛け声と共に各宮へと向かい、その合間には騎馬行列や花笠踊り、長持ち行列、龍神の舞などの伝統芸能が披露されるそうです。神社に曳きつけられた御柱は、境内で柱の先端を切り落とす冠落としが行われた後、社殿の四隅に立てられます。
上社の御柱祭と異なる点のひとつに、宝殿遷座祭の開催時期があげられます。御柱祭の重要な神事のひとつである宝殿遷座祭は、上社では御柱が境内に建てられてから約1か月後の6月15日に行われますが、下社では里曳きの前に行われるそうです。
その後、神前に御柱祭の終了を奉告する「終了奉告祭」が行われ、これにて御柱祭にかかわる行事が終了します。
春宮の御柱
境内には、幣拝殿と宝殿を囲むように4本の御柱が立てられており、諏訪大社最大の特徴のひとつと言えます。
有名な御柱ということで、多くの参拝客が足を止め、柱を見上げていました。一之御柱と二之御柱については触れることもできるので、ぜひ実際に触って確かめてみてください。

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