有名度
大関諏訪大社 下社春宮
すわたいしゃ しもしゃはるみや
長野県諏訪郡下諏訪町193
石鳥居
更新日:2026年10月3日
春宮の石鳥居
春宮の入口には、高さ約8.2メートルにもなる御影石の大鳥居が建っています。万治2年(1659)の建立と推定される江戸時代前期の石鳥居で、春宮近くにある「万治の石仏」と同じ作者によってつくられたと伝わっています。この石鳥居の造営には、万治の石仏の誕生にもつながる不思議な伝説が残されています。
万治2年(1659)、諏訪高島藩主・諏訪忠晴が諏訪大社下社春宮に石の大鳥居を寄進しようとしました。その仕事を命じられた石工が、この地にあった大きな石を鳥居の材料にしようと鑿を入れたところ、なんと石から血が流れ出したといいます。
そのことに驚いた石工は、祟りを恐れてこの石を使用することを中止しました。その日の夜、石工の夢枕に「茅野市の上原山に良い石材がある」とのお告げがあり、実際に上原山で良い石材を見つけ、無事に鳥居を完成させることができたと伝えられています。
鳥居の材料にしようとして血が流れたとされる巨石が、現在「万治の石仏」として知られる石です。そのため、春宮の石鳥居と万治の石仏はひとつの伝説によって深く結びついています。春宮を参拝した後に万治の石仏へ向かうと、この伝説を実際の二つの石造物を見ながらたどることができます。

土俵を積み上げて造られた大鳥居
大鳥居は御影石で造られ、高さは約8.2メートルあります。現在のような大型重機が存在しなかった江戸時代に、これほど大きな石鳥居をどのように組み立てたのかについても興味深い話が残されています。鳥居を組み立てる際には土俵を積み上げ、その上で巨大な笠木を転がしながら高い位置まで運んだといわれています。
さらに、その土俵にはあらかじめ片付け賃が入れられていました。鳥居が完成すると、片付け賃を目当てに人々が土俵を持ち去ったため、大量に積み上げられていた土俵はあっという間に片付いたと伝えられています。
巨大な石材を持ち上げるための工夫だけでなく、工事後の片付けまで考えられていたというユニークな逸話です。
春宮を訪れる際にはそのまま鳥居をくぐるだけでなく、高さ約8.2メートルの大鳥居を見上げてみてください。江戸時代前期にこれほど大きな石鳥居を組み上げた技術と、万治の石仏へとつながる伝説を知ることで、春宮入口の景色も違って見えてきます。

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