下馬橋 | 諏訪大社 下社春宮 - 神社ファン

有名度

大関

諏訪大社 下社春宮

すわたいしゃ しもしゃはるみや

長野県諏訪郡下諏訪町193

😞 🙁 😐 🙂 😄

下馬橋

更新日:2026年10月3日

道路の中央に建つ下馬橋

春宮社頭からまっすぐ約800メートルにわたって伸びる道路は、かつて春宮の専用道路として使用されていました。下社の大祝を務めた金刺一族をはじめ、多くの武士たちが流鏑馬を競った馬場でもあり、かつては道路の両側に大きなサワラの木が並んでいたと伝えられています。
ふた抱えもあるサワラの大木が並ぶ参道は神々しい景観だったといわれますが、昭和9年(1934)の室戸台風によってその大半が倒れ、その後、残った木も枯れていきました。現在は一般道路となっていますが、その道路の中央にかつての春宮参道の面影を伝える「下馬橋」が残されています。
下馬橋は御手洗川に架けられた屋根付きの反橋で、その形から「太鼓橋」とも呼ばれています。道路が下馬橋を避けるように左右へ分かれているため、初めて車で訪れると、道路の中央に橋が建っている不思議な光景に驚くかもしれません。
下馬橋は1973年(昭和48年)6月26日に下諏訪町の有形文化財に指定されています。
下馬橋

殿様も馬や駕籠から下りた場所

下馬橋という名前は、春宮へ参拝する際、この場所で馬や駕籠から下りなければならなかったことに由来します。身分にかかわらず下乗下馬する場所とされ、殿様であってもここから先へ馬や駕籠に乗ったまま進むことはできなかったと伝えられています。
橋の下を流れる川は「御手洗川」と呼ばれ、馬や駕籠から下りた参拝者が身を清める場所でもありました。現在も下馬橋の上流側には清めの場所が残されており、御柱祭で御柱を曳行する際にも、柱を清めるため御手洗川を渡すことが例となっています。
下馬橋は単なる参道の橋ではなく、ここから先の神域へ入るために乗り物から下り、身を清める境界として重要な役割を担っていた場所です。
スポンサーリンク

諏訪大社下社に残る最古の建物

下馬橋は梁行約3.25メートル、桁行約9.95メートル、平面積約32.3平方メートル、棟高約5.35メートルあります。室町時代の建立と伝えられていますが、鎌倉時代の建築様式を残しているのが特徴で、下社に現存する建物の中では最も古い建築とされています。
天正6年(1578)の造宮帳にも下馬橋に関する記述が見られ、その後、元文年間(1736~1740)に改修されたと考えられています。現在の下馬橋は宮大工・三井伝左衛門の作といわれており、修築を重ねながら古い建築様式を現在まで伝えてきました。
昭和35年(1960)頃にも改修が行われ、それまで檜皮葺だった屋根が銅板葺へ変更されました。この際には、損傷していた橋の踏み板も取り替えられています。
諏訪大社下社春宮 下馬橋 後ろ

この記事を0人の方がいいねといっています



スポンサーリンク

諏訪大社 下社春宮 の人気記事

  • 諏訪大社 下社春宮  万治の石仏の顔
    万治の石仏

    この記事を2人が評価

  • 諏訪大社 下社春宮  浮島社
    浮島社

    この記事を1人が評価

  • 諏訪大社 下社春宮  下社春宮宝殿
    宝殿

    この記事を0人が評価