有名度
大関諏訪大社 下社秋宮
すわたいしゃ しもしゃあきみや
長野県諏訪郡下諏訪町5828
宝殿
更新日:2026年10月2日
御霊代をお祀りする宝殿
幣拝殿の奥には、宝殿と呼ばれる神明造の建物が2棟並んで建っています。諏訪大神の御霊代を奉安する重要な御殿であり、本殿を持たない諏訪大社において、一般的な神社の本殿に相当する役割を持つ建物とされています。2棟の宝殿は、新しい方を「神殿」、古い方を「権殿」と呼びます。寅年と申年に行われる式年造営御柱大祭では宝殿を交互に造り替え、新しく完成した宝殿へ御霊代を遷す「宝殿遷座祭」が執り行われます。
下社では御柱祭のたびに春宮と秋宮でそれぞれ1棟の宝殿を建て替え、もう1棟は次の御柱年に建て替えます。そのため宝殿の造営は6年ごとに行われますが、同じ1棟が建て替えられるのは12年ごととなります。寅年から申年までは向かって右側、申年から次の寅年までは向かって左側の宝殿で祭祀が行われています。

御柱祭というと、巨大な御柱を山から曳き出す「山出し」や、境内まで曳行して四隅に建てる「里曳き」が広く知られています。しかし正式名称は「式年造営御柱大祭」であり、御柱を建てるだけでなく、御宝殿を造営して御霊代を遷すことも祭りを構成する重要な神事です。下社の宝殿遷座祭は、里曳きが始まる前夜、浄闇の中で厳粛に執り行われます。さらに下社では、御柱祭に伴う宝殿遷座祭とは別に、毎年2月と8月にも遷座祭が行われます。2月には秋宮から春宮へ、8月には春宮から秋宮へと御祭神が遷り、春宮と秋宮に2棟ずつある計4棟の宝殿を使い分けながら祭祀が続けられています。
宝殿の周囲は塀で囲まれているため、通常の参拝では建物全体を見ることはできません。幣拝殿の奥をよく見ると屋根の一部を確認することができます。参拝者からは見えにくい場所にありますが、秋宮の祭祀を支える非常に重要な御殿です。
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色濃く残る自然崇拝
宝殿のさらに奥には、秋宮の御神木である「イチイの木」が立っています。秋宮には一般的な神社に見られる本殿がなく、このイチイの木をご神体としてお祀りしています。宝殿の奥にある場所は「御神座」または「相殿」とも呼ばれ、下社において最も重要な場所とされています。古くは神々は山上に鎮まっていると考えられ、祭祀の際に神々を御神木へお招きし、その御神木に対してお供えする御神宝を宝殿にお祀りしていたとも伝えられています。現在のように本殿の中へ神をお祀りする以前の、自然物を神聖なものとして崇めた古い信仰の姿をうかがうことができます。
下社では秋宮の「イチイの木」に対し、春宮では「杉の木」をご神体としてお祀りしています。一方、上社では山をご神体とする信仰が伝えられており、諏訪大社4社はいずれも一般的な神社のような本殿を持っていません。
山や樹木などの自然物を神聖なものとして崇める信仰と、御霊代を奉安する宝殿が共存しているところは、諏訪大社の大きな特徴です。諏訪大社では、こうした祭祀の形を、古い自然物崇拝から現在一般的に見られる本殿祭祀へと移り変わっていく中間的な姿としており、日本の神社祭祀の変遷を現在に伝える貴重な存在となっています。
Σ64(Wikipedia CC 表示-継承 3.0)この記事を0人の方がいいねといっています
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