諏訪造りの社殿 | 諏訪大社 下社秋宮 - 神社ファン

有名度

大関

諏訪大社 下社秋宮

すわたいしゃ しもしゃあきみや

長野県諏訪郡下諏訪町5828

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諏訪造りの社殿

更新日:2026年10月2日

幣拝殿・左右片拝殿

諏訪大社下社秋宮には一般的な神社に見られる本殿がなく、中央に幣拝殿、その左右に片拝殿が延び、その奥に2棟の宝殿と御神木が配されています。このような本殿を持たない独特の社殿形式は「諏訪神社造」とも呼ばれ、古い祭祀の姿を現在に伝えています。
幣拝殿
秋宮の幣拝殿は桁行一間、梁間二間の楼造で、拝殿と幣殿を一棟とした楼門形式となっています。屋根は切妻造の銅板葺で、正面の軒には唐破風が設けられています。左右にはそれぞれ桁行五間、梁間二間の片拝殿が延び、中央の華麗な幣拝殿と横長の片拝殿が一体となった特徴的な姿を見ることができます。幣拝殿と左右片拝殿は、昭和58年(1983)に国の重要文化財に指定されました。
春宮と秋宮は社殿の形式や配置が基本的に同じですが、細部には違いがあります。現在の社殿は江戸時代に相前後して造営されたもので、春宮は大隅流の柴宮長左衛門、秋宮は立川流初代・立川和四郎富棟が手掛けました。地元を代表する二つの流派が面目をかけて技を競い合うように建てたとされ、春宮と秋宮を参拝する際には建築や彫刻を見比べるのも楽しみ方のひとつです。
幣拝殿 斜め
秋宮の造営は安永6年(1777)末に始まり、安永9年(1780)に上棟、安永10年(1781)に完成したと伝えられています。造営を手掛けた富棟は、のちに諏訪地方を代表する宮大工の流派となる立川流初代の名工です。秋宮の幣拝殿は富棟を代表する建築のひとつとなりました。
幣拝殿の破風下の鳳凰と龍の彫刻
特に注目したいのが、幣拝殿を埋め尽くすように施された華麗な彫刻です。唐破風内部には鳳凰、小壁には龍が彫られているほか、周囲の小壁には牡丹と唐獅子、木鼻には唐獅子と象、側面の欄間には松と鷹、2階の縁下には波と鯉が表現されています。建物のさまざまな場所に異なる題材の彫刻が施されているため、正面だけでなく細部までじっくり見てみてください。
幣拝殿の獅子の彫刻
なかでも幣拝殿内部の羽目に施された「竹に鶴」は、富棟が最も腕を振るった傑作といわれています。竹と鶴を繊細に表現した彫刻で、秋宮を手掛けた富棟の高い彫刻技術を間近に感じられる見どころです。
また、波と鯉の彫刻にも物語性があります。左右で異なる姿が表現され、一方の鯉は荒波の水を含み、もう一方は天へ向かう姿となっています。鳳凰や龍、唐獅子、象、鷹、鯉、鶴と、幣拝殿の各所にさまざまな動物が彫られているのも秋宮の特徴です。
一方、左右の片拝殿は華麗な幣拝殿とは対照的に装飾が抑えられています。正面は吹き放ちとなり、前面には勾欄を備えた縁が設けられています。中央の彫刻に覆われた幣拝殿と、左右に延びる端正な片拝殿との対比も、秋宮の社殿を見るうえで注目したいポイントです。
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御祭神・ご利益

諏訪大社下社秋宮の御祭神は、建御名方神(たけみなかたのかみ)、八坂刀売神(やさかとめのかみ)、八重事代主神(やえことしろぬしのかみ)の3柱です。
建御名方神と八坂刀売神は夫婦神とされ、諏訪大神として古くから篤い信仰を集めてきました。現在の諏訪大社では秋宮・春宮ともに建御名方神、八坂刀売神、八重事代主神の3柱を御祭神としていますが、下社では古くは八坂刀売神を中心に祀っていたとも伝えられています。
また、諏訪湖には冬になると湖面の氷がせり上がって筋状になる「御神渡り」の伝承があります。この御神渡りは、上社の建御名方神が下社の八坂刀売神のもとへ通った跡とも伝えられており、諏訪を代表する夫婦神の伝承として現在まで語り継がれています。
諏訪大神は古くから雨や風、水を司る神、五穀豊穣や生命を守る神として信仰されてきました。また建御名方神は武勇の神として朝廷や武将からも崇敬され、諏訪信仰は全国へと広がっていきました。
こうした神徳から、諏訪大社下社秋宮では五穀豊穣、勝負運・武運などのご利益で信仰されています。また、建御名方神と八坂刀売神が夫婦神として祀られていることから、家内安全などを願って参拝する人もいます。
諏訪大明神

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