早稲田神社 長野県 - 神社ファン

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早稲田神社

わせだじんじゃ

長野県下伊那郡阿南町大字西条字三島山2080

長野県下伊那郡阿南町大字西条字三島山2080

拝殿

濃間(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

早稲田神社以外にも 和世田神社 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 仕事
  • 安全
  • 勝負
早稲田神社には

「仕事系」「安全系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

仕事 安全 その他 勝負・競技

御祭神

大山祇命(三島大明神)
応神天皇(八幡社)
倉稲魂命(宇迦之御魂神)

神社系統

この神社の主な系統は

三島・大山祇系」 「八幡系」 「稲荷系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

早稲田神社は長野県下伊那郡阿南町に鎮座する神社。御祭神は大山祇命(三島大明神)、応神天皇(八幡社)、倉稲魂命(宇迦之御魂神)の3柱をまつる。
社格は式外社であり、旧村社。
創建は仁寿元年(851年)とされ、貞観15年(873年)に従五位上を叙された記録が『日本三代実録』に残るなど、史料上に早い時期から名が現れる神社である。中世の信仰の厚さを物語るものとして、正応3年(1290年)制作の銅製鰐口が伝わり、県宝に指定されている。神宮寺とされる岩?寺(文献表記は岩書寺とも)や八王子宮に関わる銘文が読める点も、神仏習合期の神域のあり方を具体的に想像させる。近世には社殿再興の歩みが棟札に残り、元和2年(1616年)の三島大明神再興、延宝3年(1675年)の三島大明神社殿と八幡宮社殿の再建が伝えられている。さらに宝暦年間(1751年?1763年)以降、祭神が三島大明神であることから地字を三島山に改めたと推定され、文化7年(1810年)には吉田家へ由緒書等を提出して社号を早稲田神社として許可されたという。明治2年(1869年)の参詣時の棟札には、祭神として大山祇命・八幡神に加えて倉稲魂命が記され、新たに稲荷神を合祀した経緯が明確に示される。明治5年(1872年)に村社となり、昭和9年(1934年)には古銭1万枚超が壺に収められた状態で発掘されたことも記録され、信仰の場に長い時間が堆積してきたことがうかがえる。
また、早稲田神社は奉納芸能「早稲田人形(人形浄瑠璃)」の会場として知られ、8月第4日曜日の奉納上演に加え、1月第2日曜日の行事でも演じられる。下伊那の人形芝居が国から無形民俗文化財に選択されていることも、神社が“祈りの場”であると同時に“継承の舞台”であることを裏づける。さらに境内の神木である日本杉の大木は、昭和52年(1977年)に阿南町文化財に指定されたとされ、社叢の象徴として参拝者の目を引く存在である。
  • 村社
  • 式外社
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神社詳細

摂末社・境内社

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例祭

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文化財

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建築

本殿 一間社流造

神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A9%E7%A8%B2%E7%94%B0%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E9%98%BF%E5%8D%97%E7%94%BA)
長野県神社庁
https://www.nagano-jinjacho.jp/