戸隠神社太々神楽 | 戸隠神社 宝光社 - 神社ファン

有名度

大関

戸隠神社 宝光社

とがくしじんじゃ ほうこうしゃ

長野県長野市戸隠2110

😞 🙁 😐 🙂 😄

戸隠神社太々神楽

更新日:2026年10月5日

伝統ある神楽

年間を通じて数多くの祭事が執り行われる戸隠神社では、それらにあわせて太々神楽が奉納されます。例祭や祈年祭、新嘗祭、月並祭などの祭事はもちろん、講員や崇敬者の希望による献奏神楽も行われ、神様に願い事を伝える神事として年間約70回にわたって献奏されています。
戸隠における神楽の歴史は古く、江戸時代中期にはすでに行われていました。長野県による文化財指定時の調査では、延享5年(1748)の史料から、前年の延享4年(1747)に戸隠で太々神楽が奉納されていたことが確認されています。
さらに戸隠の神楽は、本来、火之御子社で行われていたと伝えられています。江戸時代中期、戸隠山顕光寺の別当であった栗田家の配下に徳武松王という人物がおり、神楽の技を伝承して戸隠大権現の祭礼に奉仕していました。徳武松王は火之御子社で神楽を奉納し、その後、奥院・中院・宝光院の三院でも献奏されるようになったとされています。
火之御子社の御祭神・天鈿女命は、天岩戸に隠れた天照大神を外へ導くため、岩戸の前で舞った神です。現在の太々神楽にも天岩戸神話を表現した「岩戸開きの舞」があり、天鈿女命が岩戸の前で舞う姿が演じられます。火之御子社は、戸隠神社太々神楽の歴史を知るうえでも重要な場所です。
明治時代に入ると、神仏分離によって戸隠山を取り巻く環境が大きく変化し、神職による神楽の献奏も禁止されました。明治11年(1878)には戸隠神社から長野県へ「戸隠神楽再興之願」が提出され、明治13年(1880)には太々神楽が再び奉納されていたことが記録されています。
再興の過程では、従来から伝えられてきた戸隠神楽に加え、倭舞や当時全国的に広まっていた吉備楽も取り入れられました。明治16年(1883)の記録には「大神楽拾座」として、順序に違いはあるものの現在の10座と同じ舞が記されており、この頃には現在につながる太々神楽の構成が整っていたことがわかります。
その後も地域の人々によって受け継がれ、現在は戸隠神社楽部を中心に伝承されています。神楽を担うのは35軒の聚長とその子弟で、巫子舞には地元の小学3年生から6年生の女子児童も参加しています。
戸隠神社太々神楽は、北信地域に広がる戸隠神社系統の太々神楽のおおもとに位置づけられる貴重な神楽です。平成27年(2015)2月19日には長野県の無形民俗文化財に指定されました。
スポンサーリンク

奏上される10座の舞

戸隠神社太々神楽は、全部で10種類の舞によって構成されています。現在の10座のうち5座は江戸時代から伝わる舞に相当するとされ、天岩戸神話を題材とした舞だけでなく、祓い、五穀豊穣、国家安泰など、それぞれ異なる意味を持っています。
1番の「降神(こうじん)の舞」は、神事に先立って八百万の神々を祭りの場へ招く舞です。別名「御神入(ごじんにゅう)の舞」とも呼ばれます。翁面を着けた舞人が、前段では両手に狩衣の露紐を取り、後段では神霊の依り代となる幣と榊の枝を持ち、四方八方に向かって神々の招来を願います。
2番の「水継(みずつぎ)の舞」は、順調な降雨と五穀豊穣を祈る舞です。男女二神によって行われ、水久万里神が大麻と鈴を持って四方の罪や穢れを祓い、水波乃売神が長い柄杓と扇を持って四方の水瓶に天水を注ぎます。後段では水久万里神が河川の順調な流れと作物の成長を祈ります。
3番の「身滌(みそぎ)の舞」は、祓戸四柱の神による祓い清めの舞です。神前の大釜で沸騰させた湯を笹の葉で振りかけ、自らと神楽の場を清めます。「湯立て神楽」の遺風を伝える舞で、「笹の舞」とも呼ばれています。
4番の「巫女の舞」は、巫女が神鈴を振り、神前を祓い清める舞です。緋袴と白い舞衣をまとい、宝冠をいただいて舞います。
5番の「御返幣(ごへんべい)の舞」は、神力を表す四武神が四方八方の邪神を平定する舞です。古くは「反閇の舞」とも呼ばれました。独特の足捌きで邪を踏み鎮めながら、前段では矛、後段では太刀を用いて邪神をなぎ払います。
6番の「吉備楽(きびがく)の舞」は、2人または4人の巫女が国家安泰を祈願する舞です。「位の山」の唱歌と笛の音に合わせて舞われます。
7番の「三剣(さんけん)の舞」は、3人の武人が邪を祓う勇壮な舞です。前段では鈴と笹を振りながら反閇の足捌きで邪を踏み破り、中段では剣を抜き、後段では1人が両手に剣を持って四方八方の邪神をなぎ払います。戸隠に伝わった修験道の精神を色濃く残す舞とされています。
8番の「弓矢の舞」は、2人の武人が弓矢によって遠くにうごめく邪を射止める舞です。随身装束をまとい、静かな楽奏に合わせて優美に、時には激しく舞います。「随身の舞」とも呼ばれています。
9番の「岩戸開きの舞」は、戸隠神社と最も縁の深い天岩戸開き神事を表現した舞です。布刀玉命が岩戸の前に大榊を供え、天児屋命が天照大神に岩戸から出ていただくための祝詞を唱えます。続いて火之御子社の御祭神・天鈿女命が岩戸の前で舞い、舞が最高潮に達すると天手力雄命が現れて岩戸を引き開けます。
戸隠神社に祀られる神々と天岩戸神話とのつながりを、ひとつの舞の中で見ることができる、太々神楽を象徴する一座です。
10番の「直会の舞」は、天照大神が岩戸から姿を現し、世界が再び光に包まれた喜びを表現する舞です。夜明けを告げる長鳴鶏を表した巫女が鈴と扇を持って舞います。「直会」には祭りという特別な時間から日常へ戻る意味があり、この舞をもって戸隠神社太々神楽は終了します。

拝観について

戸隠神社太々神楽は、基本的に無料で拝観でき、事前予約も必要ありません。昇殿して参列・拝観する場合は、事前の問い合わせが必要です。
献奏時間は前後に行われる祈願や神事を含めて1時間30分~2時間ほどです。献奏の途中で社殿へ出入りすることはできず、写真撮影・ビデオ撮影・録音もできません。
すべての祭事で10座すべてが舞われるわけではなく、祭典によって舞の種類や数が異なります。太々神楽を目的に参拝する場合は、戸隠神社の年中行事や献奏予定を確認しておくのがおすすめです。

この記事を0人の方がいいねといっています



スポンサーリンク

戸隠神社 宝光社の人気記事