有名度
前頭野々宮神社
ののみやじんじゃ
長野県松本市大字笹部576
長野県松本市大字笹部576

かんたんご利益
御祭神
沙土煮尊 すいぢにのみこと
倭姫命 やまとひめのみこと
神社系統
この神社の主な系統は
「不明(2柱)」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
野々宮神社は長野県松本市に鎮座する神社。御祭神は沙土煮尊、倭姫命の2柱をまつる。
社格は旧村社。
野々宮神社の始まりは、元和元年(1615年)8月3日である。この年、当時島立の三之宮であった 沙田神社(イサゴダ神社)の神主であった藤原貞光が、主祭神である沙土煮尊を現在の松本市笹部付近、西笹之久保の地に勧請し、「野々宮大明神」として鎮守の神と定めたのが起源である。その後、地域の地形や流域の状況などのため、当初の社地から移転を余儀なくされた。享保9年(1724年)に奈良井川のたび重なる氾濫を受け、現在の地に社殿を移して遷宮を行った。この際、倭姫命を合祀し、祭神を整備することで、地域の安寧と氏子の守護を願う神域として再構築された。明治維新以降、何度かの修繕と改築が行われ、現在の本殿は明治11年に再建されたものであり、拝殿と社務所は昭和61年(1986年)に改築された。また平成7年(1995年)には狛犬や由来案内板、篝火などが奉納され、平成10年(1998年)には手水舎が整備されるなど、現代の参拝者にも配慮した境内整備が進められてきた。
社格は旧村社。
野々宮神社の始まりは、元和元年(1615年)8月3日である。この年、当時島立の三之宮であった 沙田神社(イサゴダ神社)の神主であった藤原貞光が、主祭神である沙土煮尊を現在の松本市笹部付近、西笹之久保の地に勧請し、「野々宮大明神」として鎮守の神と定めたのが起源である。その後、地域の地形や流域の状況などのため、当初の社地から移転を余儀なくされた。享保9年(1724年)に奈良井川のたび重なる氾濫を受け、現在の地に社殿を移して遷宮を行った。この際、倭姫命を合祀し、祭神を整備することで、地域の安寧と氏子の守護を願う神域として再構築された。明治維新以降、何度かの修繕と改築が行われ、現在の本殿は明治11年に再建されたものであり、拝殿と社務所は昭和61年(1986年)に改築された。また平成7年(1995年)には狛犬や由来案内板、篝火などが奉納され、平成10年(1998年)には手水舎が整備されるなど、現代の参拝者にも配慮した境内整備が進められてきた。
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神社詳細
公式URL
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神紋
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出典
公式サイト
http://www.jinja-net.jp/nonomiya-jinja2/
長野県神社庁
https://www.nagano-jinjacho.jp/
http://www.jinja-net.jp/nonomiya-jinja2/
長野県神社庁
https://www.nagano-jinjacho.jp/
