軍刀利神社 - 神社ファン

有名度

前頭

軍刀利神社

ぐんだりじんじゃ

山梨県上野原市棡原四一三四

山梨県上野原市棡原四一三四

鳥居と参道階段

Takaosan fukujuso(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

かんたんご利益

  • 恋愛
  • 厄除
軍刀利神社には

「恋愛系」「厄除・開運系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

厄除け招福 縁結び

御祭神

日本武尊 やまとたけるのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

大鳥・白鳥系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

軍刀利神社は山梨県上野原市に鎮座する神社。御祭神は日本武尊の1柱をまつる。
社格は旧村社。
この神社の起源は古く、伝承によれば第70代天皇の御世、永承3年(西暦1049年頃)に創立されたとされ、当時は現在の上野原市ではなく、近隣の山域、三国山(または生藤山の山頂付近)の尾根筋に鎮座していたという。やがて、文献には「軍荼利夜叉明王社 棡原村井戸鎮守」と記され、永正8年(1511年)には既に鰐口(かね)の銘が存在していたことが知られる。ところが、室町時代の文禄年間(1593~1596年)に起きた野火の災害により、山頂の旧社は焼失の憂き目に遭い、その後現在地への遷座が行われたと伝えられる。江戸時代に入ると、寛永9年(1632年)建立の棟札が残り、さらに寛政2年(1790年)には本殿および拝殿の造営が行われた記録がある。近世から近代においては、この地を含む武州桧原や相州佐野川、そして棡原三郷の総鎮守として信仰され、武神としての性格を持つ神社であった。特に戦国時代には、武将武田信玄や近隣の城主であった小山田氏らから厚い崇敬を受けた。武田信玄は自ら描いた水仙の絵を奉献したと伝わる。しかし、明治元年の神仏分離令および明治5年の修験道廃止令を契機に、これまで別当を務めていた修験道の大正院が廃され、「軍荼利夜叉明王社」は廃され、代わって日本武尊を祭神とする「軍刀利神社」と改称された。
境内にある県指定天然記念物の巨樹、軍刀利神社のカツラは高さ約33メートル、幹周り約9メートル、根回り約14メートルに達し、根元からは清水が湧き出ることから「水の木」とも呼ばれている。
  • 村社
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神社詳細

摂末社・境内社

情報募集

例祭

例祭 4月19日

文化財

軍刀利神社のカツラ
山梨県 天然記念物
文化財種別不明 昭和36年12月7日指定

建築

情報募集

神紋

情報募集

出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BB%8D%E5%88%80%E5%88%A9%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E4%B8%8A%E9%87%8E%E5%8E%9F%E5%B8%82)
山梨県
https://www.pref.yamanashi.jp/bunka/bunkazaihogo/yamanashikennobunkazai.html
山梨県神社庁
https://www.yamanashi-jinjacho.or.jp/