有名度
前頭上位鎌倉宮
かまくらぐう
神奈川県鎌倉市二階堂154
護良親王が幽閉された土牢
更新日:2025年6月20日
土牢(つちろう)は鎌倉宮の一番奥にあり、神苑や宝物殿を見ることができる拝観コース内にあります(要拝観料)。
護良親王の父親は後醍醐天皇ですので、門には天皇家の家紋で、花弁が16枚ある「十六葉八重表菊紋」が施されています。
1335(建武2)年7月、尊氏の弟の足利直義の監視下に置かれた護良親王は、北条高時の遺児・時行を擁立して鎌倉幕府を再興しようとした中先代の乱の混乱に乗じて命を受けた淵辺義博に殺害されるまでの約9カ月をこの牢で過ごしました。土牢は広さ4m四方・深さは約4m、8畳ほどの広さです。現在は木柵で閉じられていますが、陽射しが届かないほど暗い場所であったことがわかります。
白い門
護良親王が幽閉されたと伝えられる土牢は、本殿の裏手にあります。拝殿や中門、本殿がありますので正面からはわかりませんが、この土牢は手厚く保護されており、本殿裏に土牢の前には白い門があります。

土牢
足利尊氏と対立し、皇位継承の争いもあり、無実の罪を着せられた護良親王は、父である後醍醐天皇によって捕らえられ、足利尊氏に引き渡され鎌倉に幽閉されます。

この記事を0人の方がいいねといっています
スポンサーリンク
鎌倉宮の人気記事
-
厄割り石・亀若丸この記事を0人が評価
-
拝殿・本殿・ご祭神・ご利益この記事を0人が評価
-
身代わり様の村上社・宮さまの盾この記事を0人が評価
