有名度
前頭上位鎌倉宮
かまくらぐう
神奈川県鎌倉市二階堂154
拝殿・本殿・御祭神・ご利益
更新日:2026年9月1日
開放的な造りの拝殿
二の鳥居をくぐった正面に建つのが鎌倉宮の拝殿です。拝殿は舞殿も兼ねており、周囲に壁を設けない開放的な造りが特徴です。柱の間から奥を見通すことができ、拝殿の先にある中門や本殿まで望めます。境内正面から二の鳥居、拝殿、中門、本殿が一直線に並ぶ鎌倉宮の中心となる場所です。



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拝殿と本殿の間にある中門
拝殿の奥には中門(神門)が設けられています。一般的な神社では拝殿と本殿の間に幣殿が設けられることがありますが、鎌倉宮では幣殿ではなく中門が置かれています。祭礼の際にはこの中門が拝礼の場となるため、実質的に幣殿に近い役割も担っています。
拝殿と中門は屋根でつながっていますが、中門の手前までは砂利敷きです。祭礼の際にはここにすのこが敷かれます。

中門のさらに奥、瑞垣に囲まれて鎮座しているのが本殿です。
本殿と御祭神・護良親王
本殿は平入りの切妻屋根を持つ神明造で、屋根は銅板葺き。屋根には5本の鰹木が載せられています。瑞垣に囲まれた神域のため、一般の参拝者が本殿へ立ち入ることはできませんが、拝殿から中門越しにその姿を見ることができます。
鎌倉宮の御祭神は、後醍醐天皇の皇子・護良親王です。
護良親王は幼少期から英明で勇猛であったと伝えられ、父・後醍醐天皇による鎌倉幕府討幕に参加しました。幕府滅亡後には征夷大将軍、兵部卿となりましたが、その後、足利尊氏との対立などから捕らえられ、鎌倉に送られます。
親王は現在の鎌倉宮境内にあたる東光寺に幽閉され、建武2年(1335)、中先代の乱の混乱のなかで命を落としました。享年28と伝えられています。
明治2年(1869)、明治天皇は護良親王を祀る神社の創建を命じ、親王最期の地とされる東光寺跡に鎌倉宮が創建されました。本殿の裏側には、護良親王が幽閉されていたと伝えられる土牢が現在も残されています。

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お願い木串と神鈴
拝殿には「お願い木串」が用意されています。木串には願い事をひとつだけ書いて奉納します。以前は、拝殿に置かれていた口を大きく開けた獅子頭に木串を奉納していました。現在は獅子頭が拝殿にないため、指定された箱へ納めます。初穂料は200円です。


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