神苑・宝物殿 | 鎌倉宮 - 神社ファン

有名度

前頭上位

鎌倉宮

かまくらぐう

神奈川県鎌倉市二階堂154

😞 🙁 😐 🙂 😄

神苑・宝物殿

更新日:2026年8月28日

木々に囲まれた神苑

鎌倉宮の境内には、神苑や宝物殿などをめぐる拝観コースが設けられています。通常の参拝区域からさらに奥へ進むことができ、拝観料は300円です。
本殿に近い神苑は、楠やモミジをはじめとするさまざまな植物に囲まれています。初夏には色とりどりのアジサイも花を咲かせ、季節によって異なる景観を楽しむことができます。
神苑入口
なかでも鎌倉宮の創建に深く関係するのが「鎌倉宮碑」です。鎌倉宮創建に際し、明治天皇が太政大臣・三条実美に語った言葉が刻まれています。明治天皇の勅命によって創建された鎌倉宮の成り立ちを伝える碑のひとつです。
鎌倉宮碑
そのほかにも「五箇条の御誓文碑」「教育勅語碑」などがあり、現在の上皇陛下と上皇后陛下の御成婚を記念した碑も見ることができます。木々のなかを歩きながら、それぞれの碑を探してみてください。
教育勅語碑

宇津峯神社から贈られた三つの神石

神苑には三つの大きな神石も置かれています。
これは鎌倉宮創建100周年を記念して、福島県須賀川市の宇津峯神社から贈られたものです。
宇津峯神社から送られた神石
三つの石はそれぞれ人物に見立てられており、向かって右から守永親王、後村上天皇、後亀山天皇を表しています。単に並べられた石ではないため、神苑を歩く際には三つの石がそれぞれ誰を表しているのかにも注目です。
スポンサーリンク

護良親王の首が置かれたと伝わる「御構廟」

神苑のなかでも、護良親王の最期に直接結びつく場所が「御構廟(おんかまえびょう)」です。
建武2年(1335)、鎌倉に囚われていた護良親王は、中先代の乱の混乱のなかで命を落としました。
『太平記』には、親王を殺害した淵辺義博が首を取ろうとした際、護良親王が刀の切っ先を噛み折り、その破片を口から離さなかったという壮絶な最期が描かれています。その形相を恐れた淵辺義博が親王の首をその場に置いて逃げたとされ、その首が置かれた場所と伝えられているのが御構廟です。
御構廟
現在の鎌倉宮は護良親王の最期と深い関係を持つ地に創建されています。御構廟は、その護良親王の最期にまつわる伝承を現在に伝える、神苑のなかでも重要な場所のひとつです。

明治天皇の行在所として建てられた宝物殿

神苑には、護良親王や鎌倉宮にゆかりのある品々を収めた宝物殿があります。
宝物殿の建物は明治6年(1873)、明治天皇が鎌倉宮へ行幸された際、行在所として建てられました。内部へ入って見学する形式ではありませんが、建物がガラス張りになっているため、外側から収蔵品を見ることができます。
宝物殿
展示されている品々のなかでもひときわ目を引くのが「護良親王乗馬御木像」です。馬にまたがる護良親王を表した木像で、御祭神の姿を立体的に見ることができます。
このほか、明治天皇の肖像画をはじめ、勝海舟、伊藤博文、乃木希典らの書、金色の獅子頭、神輿など、さまざまな品が収められています。
護良親王乗馬御木像や金の獅子
さらに、鎌倉宮創建当初の鳥居に掲げられていた明治天皇御宸筆の「鎌倉宮」の扁額も見ることができます。境内入口に立つ現在の白い鳥居とあわせて見ると、創建当時から現在までの鳥居の変遷にも触れることができます。
木々に囲まれた神苑を歩きながら、護良親王の最期を伝える御構廟や鎌倉宮創建に関わる碑をめぐり、宝物殿に残された品々を見ることができるのが、この拝観コースの大きな見どころです。

この記事を0人の方がいいねといっています



スポンサーリンク

鎌倉宮の人気記事