御本殿・御祭神・ご利益 | 箱根神社 - 神社ファン

有名度

大関

箱根神社

はこねじんじゃ

神奈川県足柄下郡箱根町元箱根80-1

😞 🙁 😐 🙂 😄

御本殿・御祭神・ご利益

更新日:2026年8月27日

運開きの神様を祀る箱根神社

箱箱根神社は古くから「関東総鎮守 箱根大権現」と尊崇され、開運厄除・心願成就・交通安全・縁結びなどに御神徳の高い「運開きの神様」として信仰を集めてきました。
その歴史は古く、社伝では第5代孝昭天皇の御代、聖占仙人が箱根山の駒ヶ岳に神仙宮を開き、主峰の神山を神体山として祀ったことを創祀とします。
奈良時代の757年(天平宝字元年)、箱根山に入峰した万巻上人が箱根大神の御神託を受け、勅願によって芦ノ湖畔の現在地に社殿を建立しました。神仏習合の時代には「箱根三所権現」「箱根権現」と呼ばれ、箱根山は山岳信仰・修験道の一大霊場として発展していきます。
芦ノ湖と箱根神社と富士山
平安時代以降、箱根路が東西交通の要衝となると、旅人だけでなく武将からも篤く信仰されるようになりました。801年(延暦20年)には征夷大将軍・坂上田村麻呂が参詣したと伝えられます。
特に篤く崇敬したことで知られるのが源頼朝です。頼朝は箱根権現への信仰が篤く、鎌倉幕府を開いた後には箱根権現と伊豆山権現を参詣する「二所詣」を行いました。その後も執権北条氏や徳川家康など多くの武将から崇敬され、武家の信仰を集める神社として栄えました。
明治時代の神仏分離によって箱根神社と改称されましたが、その信仰は現在まで受け継がれています。

神門

第五鳥居をくぐった先に建つ朱塗りの門が神門です。その奥に拝殿があり、正参道を進んできた参拝者は神門を通って御社殿前へと入ります。
朱塗りの門と社殿、その背後を囲む箱根山の深い緑が重なる景観は、芦ノ湖の平和の鳥居とはまた異なる箱根神社らしい風景です。
神門
神門をくぐってすぐ左側にはお札所があり、御守などの授与を受けることができます。
スポンサーリンク

拝殿・本殿

神門の正面に建つのが拝殿です。
箱根神社の御社殿は、本殿と拝殿をその間の建物でつないで一体化した「権現造」と呼ばれる建築様式です。日光東照宮などでも知られる神社建築の形式で、拝殿のさらに奥に御祭神を祀る本殿があります。
拝殿
鮮やかな朱塗りの社殿だけでなく、細部の彫刻にも注目です。拝殿正面のお賽銭箱の上には龍、木鼻には獅子、手挟みには牡丹の彫刻が施されています。
参拝するときには正面から御社殿全体を見るだけでなく、頭上や柱の周辺に施された彫刻も探してみてください。
拝殿の彫刻

御祭神「箱根大神」とは

箱根神社の御祭神は「箱根大神」です。
箱根大神とは1柱の神様の名前ではなく、
瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)
木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)
彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)
の3柱を合わせた総称です。
瓊瓊杵尊と木花咲耶姫命は夫婦神で、その御子が彦火火出見尊です。つまり箱根神社では、親子にあたる3柱の神様を箱根大神として祀っています。

箱根神社のご利益

箱根神社は「運開きの神様」として知られ、代表的なご利益は開運厄除です。
このほか心願成就、交通安全、縁結びにも御神徳が高いとされ、箱根町観光協会では勝運守護も箱根神社の代表的な御神徳として紹介しています。
特に武将との関係が深い箱根神社らしく、現在も勝運守護の「勝守」が授与されています。また、源頼朝が箱根大神から受けた御加護にちなんだ「印籠御守」は、厄除開運の御守として授与されています。
古くは箱根山を越える人々や武将たちが祈りを捧げた箱根大神。現在も開運厄除をはじめ、人生の節目や願い事の成就を祈る多くの参拝者が御本殿を訪れています。
箱根神社 箱根権現

毎月1日の月次祭と朝餉会

箱根神社では毎月1日に月次祭が斎行され、一般の参拝者も申し込みのうえ参列することができます。
4月・5月・6月・7月・9月・10月・11月は午前7時から月次祭が行われ、祭典終了後には「朝餉会(あさげかい)」が開かれます。
朝餉会では、神様にお供えした米で炊いたお粥をいただいて直会を行います。通常の参拝とは異なり、月次祭への参列を通して箱根神社の祭祀に触れられる貴重な機会です。
開催時間や朝餉会の有無は月によって異なるため、参列する場合は事前に箱根神社公式サイトで最新の日程を確認してください。
また、毎月15日には箱根神社と九頭龍神社新宮を参拝する「両社参り月次祭」も斎行されています。箱根神社だけでなく、九頭龍神社への信仰にも触れたい人はこちらも注目です。
月次祭

この記事を0人の方がいいねといっています



スポンサーリンク

箱根神社の人気記事