神馬舎 | 寒川神社 - 神社ファン

有名度

大関

寒川神社

さむかわじんじゃ

神奈川県高座郡寒川町宮山3916

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神馬舎

更新日:2026年8月26日

神馬と白猿

神門の左手に建つ神馬舎は、昭和天皇御在位五十年記念事業として竣功しました。舎内には、彩色木彫の巨匠として知られる平野富山が手掛けた神馬と、その神馬を曳く白猿の彫刻が奉納されています。
神馬とは、神様に奉納する馬のことです。古くから馬は神様の乗り物と考えられ、神社には生きた馬を奉納する風習がありました。やがて実際の馬に代わって馬の姿を描いた板などが奉納されるようになり、現在の「絵馬」につながったとされています。
寒川神社の神馬舎で特に目を引くのが、白い神馬とともに表現された白猿です。猿が馬を曳く姿を不思議に感じるかもしれませんが、馬と猿の組み合わせには古くから続く信仰が関係しています。
神馬舎

猿は馬の守り神

古くから猿を馬の守り神とする「厩猿信仰」があり、猿を厩で飼ったり、猿の姿を表したものを置いたりして、馬の健康や安全を願う風習がありました。
猿と馬を結び付ける信仰はインドに起源を持ち、中国を経て日本へ伝えられたと考えられています。日本では陰陽道によって体系化され、五行思想などとも結び付いて広がりました。
十二支では馬が「午」、猿が「申」にあたります。一見すると関係のない二つの動物ですが、陰陽五行の思想の中で両者が結び付けられ、猿は馬を病気や災いから守る存在として信仰されるようになりました。
寒川神社 神馬舎の猿と馬の顔
日本で猿と馬が結び付けられていたことは、中世の絵画資料からも確認できます。鎌倉時代に成立した『石山寺縁起絵巻』には、厩につながれた猿が描かれています。馬のそばに猿を置くことが、すでに中世には行われていたことを伝える資料です。
馬は農耕や運搬などに欠かせない存在であり、特に武士にとっては移動や戦いを支える非常に大切な存在でした。そのため、大切な馬を病気や災いから守ろうとする信仰も重視されました。
寒川神社の神馬を白猿が曳いているのも、こうした長い歴史を持つ厩猿信仰を表したものです。白馬だけでなく、その隣にいる白猿にも注目してみてください。
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猿回しと厩猿信仰

現在では大道芸や伝統芸能として知られている「猿回し」も、もともとは馬と深い関係がありました。
中世には、猿を連れた猿飼が厩を訪れ、馬の健康や安全を願う厩祈祷を行っていました。猿を舞わせることによって馬の病気や災いを祓うもので、馬を大切にした武士の社会でも重要な役割を果たしました。
こうした厩での祈祷や芸能が、現在まで伝わる猿回しの源流の一つとされています。
現在の猿回しを見ると、猿の芸そのものに目が向きますが、その背景には猿を馬の守護者とする古い信仰がありました。神馬舎に奉納されている白猿は、日本に伝わる猿と馬の長い関係を知ることのできる興味深い彫刻です。
神馬舎の猿と馬

白馬の絵馬

神馬舎の近くにある絵馬掛け所には、さまざまな願いが記された白馬の絵馬が数多く掛けられています。
「絵馬」という名前の通り、絵馬の成立には神様へ馬を奉納する信仰が深く関係しています。古くは祈願や感謝のために本物の馬を神様へ奉納しましたが、誰もが馬を奉納できるわけではありません。そのため、次第に馬の像や馬を描いた板などが奉納されるようになり、現在の絵馬へとつながっていきました。
寒川神社では、神馬舎に平野富山が手掛けた白い神馬が奉納され、その近くの絵馬掛け所には白馬を描いた絵馬が並びます。
普段何気なく願い事を書いて奉納している絵馬ですが、神馬舎では「神様に馬を奉納する」という古くからの信仰と、現在の絵馬とのつながりを実際に見ながら知ることができます。
白馬の絵馬

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