岩屋 | 江島神社 - 神社ファン

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江島神社

えのしまじんじゃ

神奈川県藤沢市江の島2ー3ー8

😞 🙁 😐 🙂 😄

岩屋

更新日:2026年8月24日

御岩屋通り

江の島信仰発祥の地とされる岩屋へは、龍宮から御岩屋通りを通って向かいます。龍宮を出て少し進むと、柱や貫に彫刻が施された石鳥居があります。
この石鳥居は嘉永4年(1851)に建立され、大正4年(1915)に修理されたものです。江戸町火消し「も組」によって奉納された鳥居で、表面には町火消しを象徴する「纏(まとい)」の文様が刻まれています。
岩谷橋
江戸では火災が多く、火消しにとって水は非常に重要な存在でした。水にゆかりの深い弁財天への信仰も篤く、その信仰の証しとして奉納された石鳥居です。鳥居を見る際は、柱や貫の彫刻とともに纏の文様にも注目です。
石鳥居をくぐって御岩屋通りを進むと、道は海岸へ向かって下っていきます。階段を下りた先からは、海沿いに整備された遊歩道「岩屋橋」を通って岩屋へ向かいます。
遊覧船べんてん丸
階段や坂道を下ることが難しい方には、江の島弁天橋から岩屋近くの稚児ヶ淵まで運航する遊覧船「べんてん丸」を利用する方法もあります。潮風を感じながら江の島を海上から眺めることができ、天候に恵まれれば富士山を望むこともできます。運航は海況や天候に左右されるため、利用する場合は当日の運航状況を確認しておきましょう。
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岩屋

岩屋は、長い年月をかけて波の浸食によって形成された自然の海食洞窟です。江の島信仰発祥の地とされ、古くから信仰や修行の場として大切にされてきました。
弘法大師や日蓮上人も岩屋で修行したと伝えられています。また、高僧や武将が岩屋に籠もって祈願する「江の島参籠」の場でもあり、寿永元年(1182)には源頼朝が文覚上人を招いて祈願を行ったと伝えられています。
かつて岩屋には海水が入り込む時期があり、旧暦4月から10月までは御祭神を岩屋から御旅所へ遷したといわれています。その御旅所が現在の奥津宮です。岩屋と奥津宮は、江の島信仰の歴史の中で深く結びついています。
岩屋
現在公開されている岩屋は、奥行約152mの第一岩屋と約112mの第二岩屋からなり、有料で内部を見学できます。
順路に沿って第一岩屋へ入ると、外とは空気が変わり、ひんやりとした洞窟内を進んでいきます。しばらく進むと右手に池があり、その先には与謝野晶子の歌碑や龍にまつわる展示物などがあります。
さらに奥では洞窟が二手に分かれます。左側には石仏や蛇の石像があり、その先には富士山の氷穴につながっていると伝えられる場所があります。右側にあるのが「江島神社発祥の場所」で、洞窟の奥には狛犬に守られた祠が安置されています。
第一岩屋の亀石
第一岩屋を出て第二岩屋へ向かう途中では、海上に亀のような姿をした「亀石」を見ることができます。
江島神社 岩屋 亀石
奥津宮境内にも「亀石」と呼ばれる石がありますが、それとは別のものです。奥津宮の亀石が亀の甲羅のような模様を持つ石であるのに対し、こちらは海の中に亀そのものの姿が表現されています。
第一岩屋から海沿いを進んだ先にある第二岩屋は、江の島に伝わる龍神信仰を感じられる洞窟です。江の島には古くから龍が棲むと伝えられ、弁財天と龍神を結びつけるさまざまな伝説が残されています。
第二岩屋の最奥部には、大きな龍神が鎮座しています。
第二岩屋の龍神
龍神の前で手を叩くと鳴き声が聞こえる仕掛けがあり、第一岩屋とは異なる雰囲気を楽しめます。また、岩屋の真上には龍宮が鎮座しており、岩屋と龍神信仰との深いつながりもうかがえます。
江の島の最奥部に位置する岩屋は、自然によって生み出された洞窟であると同時に、江島神社の信仰が始まったとされる重要な場所です。辺津宮・中津宮・奥津宮、龍宮と巡ってきた最後に岩屋まで足を延ばすと、江島神社と江の島信仰のつながりがより分かりやすくなります。

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