杉山和一(検校) | 江島神社 - 神社ファン

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江島神社

えのしまじんじゃ

神奈川県藤沢市江の島2ー3ー8

杉山和一(検校)

更新日:2025年6月18日

杉山和一

杉山和一(検校)は江戸時代の鍼師です。
関東地方の盲官をまとめる関東総検校になりました。また検校(けんぎょう)とは盲人に与えられた最高の官名です。
和一(わいち)は江ノ島の弁財天社に深く関りがある人物として知られています。
杉山和一WolfgangMichel(パブリック・ドメイン)

福石

瑞心門をくぐり右手の階段を上がると、鍼灸師・杉山和一(検校)にゆかりのある「福石」が安置されています。この丸みのある石は、和一が管鍼術を発案するきっかけとなった石です。
幼くして盲目となった和一は、鍼の技術上達を願い江の島にこもり、21日間の断食を行いました。満願日の帰り道、この石に躓き気を失い、弁財天が現れる夢を見ます。その際、チクチクと身体を刺すものに気づき目覚めると、松葉の入った竹筒を手にしていました。これを手掛かりに管鍼術を考案し江戸で開業。その後、徳川5代将軍・綱吉公の病気を治した和一は、関東地方の盲官をまとめる関東総検校になりました。この場で物を拾うと、和一のように幸運を授かると伝えられています。
福石

江ノ島弁財天道標・庚申供養塔

福石のすぐ前には、和一が建てたという「江ノ島弁財天道標」があります。道標の三面に、「一切衆生」「ゑのしま道」「二世安楽」と刻まれた尖頭型角柱の道標は、藤沢宿から江の島まで、約5kmにわたり48基建立されたと言われていますが、現在残っているのはこの1基を含め12基のみです。1966(昭和41)年に藤沢市の有形文化財となりましたが、元々建てられた位置に建っているものではありません。
江ノ島弁財天道標
また福石の後ろに「福石」と彫られた塔が建っていますが、こちらは1792(寛政4)年建立の庚申供養塔です。「福石」の字は後から入れられたため、間違える方も多いようです。
庚申供養塔

杉山和一像

杉山和一の生誕410年となる2020(令和2)年に、福石の右手に杉山和一像が安置されました。また銅像建立にあたりさまざまな調査を行った際、行方不明となっていた和一の木像座像が発見されました。和一自身が作らせたという座像は、奉安殿で公開(有料)されています。
杉山和一像

杉山検校の墓

杉山和一(検校)の墓は、島内の西浦霊園にあります。福石の左手にある道を進み、朱塗りの橋を渡った突き当り、「江の島市民の家」の左側が入口です。
笠塔婆型の墓が建立されたのは、和一の一周忌にあたる1695(元禄8)年5月18日。1694(元禄7)年、和一は東京・墨田区の弥勒寺に葬られましたが、門人の三浦安一により、ゆかりある江の島にも墓が設けられました。墓の前に立つ灯籠は、徳川5代将軍・綱吉公の側近、柳沢吉保室が寄進したと伝えられています。
歴史ある墓は1963(昭和38)年、藤沢市の指定文化財に認定されました。毎年5月中旬には遺徳を偲び、関東近郊のマッサージ師による「杉山検校祭」が行われています。
杉山検校の墓

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