日枝神社 川崎市中原区 - 神社ファン

有名度

前頭

日枝神社

ひえじんじゃ

神奈川県川崎市中原区上丸子山王町1ー1555

神奈川県川崎市中原区上丸子山王町1ー1555

鳥居と拝殿

あばさー(wikipedia パブリック・ドメイン)

日枝神社以外にも 丸子山王日枝神社 上丸子日枝神社 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 恋愛
  • 健康
  • 仕事
  • 厄除
日枝神社には

「恋愛系」「健康系」「仕事系」「厄除・開運系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

医薬の神 農業・商工業・漁業の守護神 縁結び 福の神

御祭神

大己貴神 おおなむちのかみ

神社系統

この神社の主な系統は

日吉・山王系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

日枝神社は神奈川県川崎市中原区に鎮座する神社。御祭神は大己貴神の1柱をまつる。
社格は旧村社。
当社の創建については、平安時代初期の大同4年(809年)6月14日に、近江国(現在の滋賀県)大津の日吉大社の分霊を勧請して「丸子山王権現」として丸子庄(現在の中原区丸子地区)の総鎮守として建立されたと社伝に伝えられている。建立には第50代桓武天皇の皇子「貞恒親王」の次男・恵恒僧都(山本平左衛門尉恒重)が、弟の次郎左衛門尉恒明とともに携わったとされる。ただし古文書によっては「後人付会せしものとみえて取るべきことなし」と批判されており、創建年代には確定的な文献的裏付けがない部分もある。その後、治承2年(1178年)5月に、平重盛によって社殿が再建され、9寸5分の御剣が奉納されたという記録がある。明治維新後の明治2年(1869年)に「山王権現」から「日枝神社」と社号を改め、さらに大正7年(1918年)には村内の八幡社・天神社・大六天社・熊野社・神明社・諏訪社・杉山社が合祀されて今日の体制へと整備された。
社殿については、現在の本殿が元文5年(1740年)5月に建立されたもので、構造は三間社流造・銅板瓦棒葺・母屋丸柱・斗栱出組・中備蟇股という江戸時代中期の格式高い建築形式である。本殿は平成2年1月23日付で川崎市の重要歴史記念物に指定されており、附棟札・境内絵図もこの指定の対象となっている。
  • 村社
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神社詳細

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出典
公式サイト
http://home.n06.itscom.net/hiejinja/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9E%9D%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E5%B7%9D%E5%B4%8E%E5%B8%82)
神奈川県神社庁
https://www.kanagawa-jinja.or.jp/