太子堂八幡神社 - 神社ファン

有名度

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太子堂八幡神社

たいしどうはちまんじんじゃ

東京都世田谷区太子堂5-23-4

東京都世田谷区太子堂5-23-4

拝殿

phosphor(wikipedia CC 表示 3.0)

かんたんご利益

  • 仕事
  • 学業
  • 子供
  • 安全
  • 厄除
  • 家庭
太子堂八幡神社には

「仕事系」「学業・技芸系」「子供系」「安全系」「厄除・開運系」「家庭系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

厄除 家内安全 交通安全 安産 商売繁盛 学業成就 五穀豊穣 殖産興業

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

八幡系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

太子堂八幡神社は東京都世田谷区に鎮座する神社。御祭神は応神天皇[誉田別命]の1柱をまつる。
社格は旧村社。
当時、当地の郷士が武運長久を祈願して八幡神を祀ったのが起こりとされる。江戸時代には太子堂村の鎮守として崇敬を集め、真言宗教学院が別当を務めた。この寺院に聖徳太子像が安置されていたことから村名が「太子堂」と呼ばれるようになり、社号にもその名が冠された。
『新編武蔵風土記稿』には「太子堂村八幡社 村の南にあり 小祠なり」と記され、江戸後期にはすでに地域の鎮守として存在していたことがわかる。
明治の神仏分離令によって教学院との関係を離れ、村社へ昇格。社号を「太子堂八幡神社」と定めた。大正から昭和初期にかけては社殿の改築や境内整備が行われ、戦後の都市化の中でも氏子の努力によって再整備が進められた。昭和47年(1972年)には社殿を改築し、現在の姿となっている。
太子堂・三軒茶屋一帯が都市化する中でも、同社は地域共同体の中心的な存在として守られ、年中行事のたびに多くの参拝者で賑わう。今日では、太子堂・若林・上馬などの広い氏子区域を持ち、世田谷区内でも古い八幡信仰の一社に数えられる。
  • 村社
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神社詳細

公式URL

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文化財

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出典
公式サイト
https://www.taishido-hachiman.or.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%AA%E5%AD%90%E5%A0%82%E5%85%AB%E5%B9%A1%E7%A5%9E%E7%A4%BE
東京都神社庁
http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/