境内社 芳葉岡冨士浅間神社 | 品川神社 - 神社ファン

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品川神社

しながわじんじゃ

東京都品川区北品川3-7-15

境内社 芳葉岡冨士浅間神社

更新日:2025年11月19日

石造燈籠

品川神社の双龍鳥居をくぐって石段を上がると、左手の浅間神社へ向かう参道に、安山岩製の石造燈籠が一対建てられています。この燈籠は、もとは本殿前の参道両脇に置かれていたといわれ、のちに浅間神社(品川富士)の参道へ移されたものです。
浅間神社全体
建立は1648(慶安元)年で、石工・亀岡久兵衛政重と、装剣具彫刻工・後藤八郎兵衛光利によって寄進されました。これは、同年に下総国佐倉藩主・堀田正盛が品川神社へ鳥居や水盤を寄進した際の造営事業の一環とされ、徳川家光の意向による社殿整備とも関連していると伝えられています。
この石造燈籠は江戸時代初期の作で、東京都内に現存する石造燈籠の中でも特に古い時期のものとして貴重です。角型の安山岩で造られた力強い造形を持ち、歴史的・美術的価値が高いことから、1978(昭和53)年11月22日に「品川神社石造燈籠 一対」として品川区指定有形文化財(建造物第2号)に登録されています。
石造燈籠

くも狛犬

品川神社の境内にある浅間神社の狛犬は、「くも狛犬」と呼ばれるユニークな狛犬です。狛犬は通常の石座ではなく雲に乗った姿で造形され、台座には富士山があしらわれています。台座の裏面には、2004(平成16)年に狛犬を奉納した「日本参道狛犬研究会」の設立者であり、“狛犬好き世話人”として知られる落語家・三遊亭円丈師匠の言葉が刻まれています。
くも狛犬は、日本参道狛犬研究会の10周年を記念して2004(平成16)年の師走に奉納されたものです。三遊亭円丈師匠は阿形狛犬の願主として奉納に関わったと伝えられており、その思いが造形にも反映されています。丸形の台座や、狛犬の身体に性別を示す特徴があることなどから、狛犬愛好家の間でも話題になる存在です。
くも狛犬

御社殿

芳葉岡冨士浅間神社は、旧東海道「北品川宿」の鎮守である品川神社の境内に鎮座する末社で、「品川富士」と呼ばれる富士塚を中心とした富士講信仰の遺構として知られています。江戸時代中期から盛んになった富士講の流れをくみ、遠方の富士山へ登拝できない講中のために築かれた築山(富士塚)と浅間神社の機能を併せ持つのが特徴です。
くも狛犬と御社殿
この富士塚は、1869(明治2)年に北品川宿の丸嘉講社の講員およそ三百名によって築かれたと伝えられていますが、神仏分離の影響で一時破壊されたのち、1872(明治5)年に再度整えられました。その後、1922(大正11)年に現在の品川神社境内へ移築され、現在まで信仰が続いています。
御祭神は木花開耶姫尊(このはなさくやひめのみこと)で、社号標の足元には浅間神社の神使とされる猿の石像が置かれています。火山鎮護の神格に由来した火難除けのほか、安産・子孫繁栄などのご利益があるとされ、家族の無事を願う参拝者も多く訪れます。
毎年7月1日前後の日曜日には「山開き神事」が行われ、白装束の富士講の方々が品川富士に登拝し、古来から続く富士講の精神を今に伝えています。富士塚の登拝とともに、この浅間神社を参拝することで、品川に根付いた歴史的信仰文化を深く感じることができます。
扁額と御社殿

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