東海七福神めぐり発祥の碑・東京八名勝入選の碑・包丁塚 | 品川神社 - 神社ファン

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品川神社

しながわじんじゃ

東京都品川区北品川3-7-15

東海七福神めぐり発祥の碑・東京八名勝入選の碑・包丁塚

更新日:2025年11月19日

東海七福神めぐり発祥の碑

品川神社の境内には、「東海七福神めぐり発祥の碑」と刻まれた記念碑が建てられています。この碑は1951(昭和26)年に建立されたもので、円盤状の珍しい形をしており、表面には大黒天をはじめ七福神の姿が彫刻されています。
東海七福神めぐり発祥の碑
東海七福神は、1932(昭和7)年に品川が東京市へ編入されたことを記念して定められた七福神巡りで、旧東海道の北品川から大森まで約4.5kmの範囲に七福神ゆかりの寺社が点在しています。巡拝は通年で楽しむことができますが、毎年元旦から成人の日までは七福神の御朱印をいただくことができ、多くの参拝者で賑わいます。
碑は旧東海道沿いに広がる七福神巡りの発祥を象徴する存在で、参拝者が巡拝に出発する際の目印ともなっています。隣には「千客万来・商売繁盛」と刻まれた碑も設置され、地域の繁栄を願う象徴のひとつとなっています。
千客万来・商売繁盛の碑と東海七福神めぐり発祥の碑

東京八名勝入選の碑

品川神社の境内には、「東京八名勝」入選を記念して建立された石碑があります。1932年(昭和7年)、東京市は周辺5郡82町村を編入して15区から35区へと大きく拡張しました。この東京市拡張を記念し、報知新聞社は新聞発行二万号記念を兼ねて「新東京八名勝」の市民投票を実施し、品川神社は見事第3位に入選しました。
選定では、品川神社の社地、富士塚、参道、境内林などの景観価値が高く評価され、その名にふさわしい景勝地として広く知られるようになりました。石碑は入選を祝うため、地域の氏子や講社の協賛によって昭和7年に建立されたもので、当時の記念行事の様子は複数の参拝記録にも伝えられています。
この石碑は、品川神社が信仰の場であると同時に、東京の景観史においても重要な名勝のひとつとして位置づけられた証といえる存在です。
東京八名勝入選の碑

包丁塚

品川神社の境内には、「包丁塚(ほうちょうづか)」と呼ばれる慰霊碑が建立されています。江戸時代、旧東海道の北品川宿は多くの料理屋が立ち並ぶ要所で、「包丁数知れぬなり」と記されるほど調理を生業とする店が多かったと伝えられています。こうした歴史背景のもと、使用し役目を終えた包丁や、その包丁によって調理された鳥獣魚介・野菜などの命に感謝し慰霊するために包丁塚が建てられました。
包丁塚は、1976(昭和51)年4月に品川区鮨商組合連合会の発足25周年を記念して建立されたものです。碑には「使い古された数多の包丁の労を謝し、これらにより調理された命あるものを慰霊し、業界の発展と連合会の隆昌を願う」という趣旨が刻まれており、調理文化の象徴としての意味も持っています。また、碑文の揮毫には、当時の内閣総理大臣・三木武夫氏の書が用いられたと伝えられています。
包丁塚は、宿場町として栄えた品川の歴史や、食への感謝の心を今に伝える象徴的な史跡であり、参拝者にとっても地域文化の一端を知ることができる場所となっています。
包丁塚

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