御社殿・御祭神・ご利益 | 代々木八幡宮 - 神社ファン

有名度

関脇

代々木八幡宮

よよぎはちまんぐう

東京都渋谷区代々木5-1-1

😞 🙁 😐 🙂 😄

御社殿・御祭神・ご利益

更新日:2026年8月21日

拝殿

代々木八幡宮は建暦2年(1212)、荒井外記智明が八幡大神の託宣と宝珠の鏡を霊夢によって感得し、同年9月23日に元八幡と呼ばれる地へ小祠を建て、鶴岡八幡宮を勧請したことを創始とします。その後、江戸時代に現在地へ遷座しました。
拝殿
明治33年(1900)には、旧代々木村に鎮座していた天祖社と白山社を合祀し、翌明治34年(1901)に拝殿が造営されました。
現在の拝殿は入母屋造りで、正面の向拝には唐破風、その上には千鳥破風を設けています。屋根は銅板葺きで、唐破風と千鳥破風が重なる正面の姿が印象的です。
拝殿 斜め
社殿の銅板屋根は令和3年(2021)、創建810年を記念して改修されました。葺き替えに際して奉賛された銅板の裏には、奉賛者の名前や願い事が記されています。次に銅板を葺き替える未来まで、現在を生きる人々の名前や思いを残そうというものです。
拝殿 彫刻
参拝時には拝殿内部の彫刻にも注目です。獅子や龍、鳳凰などを表した細かな彫刻が施されており、社殿正面とはまた違った見どころがあります。
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本殿

代々木八幡宮の本殿は明治5年(1872)に造営されたもので、令和6年度に渋谷区指定有形文化財に指定されました。
本殿を手掛けたのは彫刻などで知られた笠間の大工です。明治初期の神社建築でありながら損傷部分が極めて少なく、約150年前の姿を良好に残しています。渋谷区からも、小規模ながら近世末期の特徴を備えた良質な神社建築と評価されています。
本殿
この本殿の大きな特徴は、普段境内から見えている建物そのものが文化財指定された木造本殿ではないことです。
明治5年に造られた本殿は、風雨などから本殿を守る「覆殿」と呼ばれる外側の建物の内部に納められています。外から見える覆殿の中に、約150年前の木造本殿がそのまま鎮座する二重構造となっています。
創建800年を迎えるにあたっては、社殿や社務所の耐震工事、境内整備などが計画されました。当時、各地で大地震が相次いでいたことから専門家による耐震強度診断が行われ、本殿を風雨から守る覆殿と本殿・幣殿に耐震工事が必要であることが判明しました。
耐震工事では、覆殿の基壇部分に気泡コンクリートを充填して強度を確保し、壁12か所のひび割れも補修されました。明治初期の本殿は、この覆殿によって風雨から守られ、耐震補強を重ねながら現在まで大切に保存されています。
代々木八幡宮 本殿内部の図
文化財指定に際しては本殿の特別公開が行われ、筆者も内部を拝観しました。実際の本殿は約150年前の建築とは思えないほど保存状態が良く、細かな彫刻や建築部材も残されています。普段の参拝では見ることのできない本殿が、外から見える社殿の内部にほぼ当時の姿で残されていることは、代々木八幡宮の社殿を知るうえで大きな特徴です。
本殿 後側
境内社の榛名社・天神社・稲荷社方面へ進むと、覆殿の側面越しに本殿の外側一部を見ることができます。ただし、本殿の裏側へ回って参拝することはできません。
本殿裏の社号碑
本殿の裏側には、注連縄を巻いた大木や「八幡神社」と刻まれた石碑、石灯籠などが残されています。
本殿裏の岩

御祭神・ご利益

代々木八幡宮の主祭神は、八幡大神として信仰される応神天皇です。また、旧代々木村に鎮座していた神社が合祀されたことにより、天照大神と白山大神も配座に祀られています。
八幡大神は古くから朝廷や武家の崇敬を集め、国家鎮護、破邪顕正の神として信仰されてきました。代々木八幡宮では、その御神徳から厄除開運の神として篤い信仰を集めています。
賽銭箱の神紋
現在は厄除開運をはじめ、家内安全、商売繁昌、社運隆昌、安産、交通安全、心願成就、病気平癒、学業成就など、さまざまな祈願が行われています。
代々木八幡宮というと仕事運や出世運のご利益を思い浮かべる人も多いかもしれません。本社でも仕事に関する祈願守が授与されていますが、境内で出世開運の信仰を集めていることで特に知られるのが出世稲荷社です。
出世稲荷社は代々木八幡宮を代表する見どころの一つでもあるため、御社殿を参拝した後にあわせて参拝するとよいでしょう。

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