有名度
関脇乃木神社
のぎじんじゃ
東京都港区赤坂8-11-27
乃木家由縁の見どころスポット
更新日:2025年9月8日
乃木神社に隣接する乃木公園や旧乃木邸など乃木希典ゆかりのものが多くあります。
自ら設計を行ったという母屋は、建築面積168㎡。ドイツ留学時、視察に訪れたフランス陸軍の兵舎がモデルとなっています。1階には応接室・客室・次室・来賓室・大将居室・夫人居室、屋根裏には息子たちの居室・書庫・物置、半地下には台所・茶の間・納戸・浴室・書生部屋・女中部屋が設けられており、簡素ながらも強固という大変合理的な造りです。1987(昭和62)年に、東京都港区指定有形文化財となりました。
普段は外の見学路からしか見られませんが、毎年御祭神夫婦の命日に合わせ、内部公開されています。
馬を大切にする乃木将軍の人柄が偲ばれるこの厩には、日露戦争終結時、ロシア旅順要塞司令官・ステッセル将軍から贈られた馬、壽(ス)号が暮らしていました。1987(昭和62)年には、旧乃木邸とともに東京都港区指定有形文化財になりました。
この社殿には乃木希典命と静子命、乃木家の祖先の霊がお祀りされ、乃木神社が創建される前まで「乃木小社」として祭礼が行われていました。現在は乃木家の祖先と御祭神の御子息、勝典氏・保典氏をお祀りしています。
乃木希典命の父・希次氏の命日である10月31日には、「祖霊舎祭」が斎行されています。
銅像は昭和43年(1968年)に六本木の旧ニッカ池付近に建立されましたが、六本木一帯の再開発に伴い平成13年(2001年)に現在の旧乃木邸と乃木神社の間、乃木公園内に移設されました。碑の近くには由来解説板もあり、訪れる方は乃木希典の人柄や教育精神、慈愛の心に触れることができます。
この場所は、大正元年9月13日の明治天皇の大葬の日に、夫妻が自宅で自刃された悲劇の証として血のついた遺品を埋納した由緒ある地です。石碑には「殉死された時の血のついた物を埋めるところ」と記されており、訪れた方々は夫妻の忠義や献身の心を偲ぶことができ、乃木希典夫妻の精神を感じることができる貴重な史跡として、多くの人々に親しまれています。
会見の地にはナツメが生えており、乃木希典命の副官である兼松氏がこれを記念に持ち帰りました。旧乃木邸に植えられているナツメは、兼松氏が持ち帰ったナツメを祖先とするもので、3代目になります。
このナツメは、軍歌「水師営の歌」にも「庭に一本棗の木」と歌われています。
旧乃木邸
乃木希典命が亡くなるまで住まわれた邸宅です。乃木希典命が赤坂に居を構えたのは1879(明治12)年のことですが、その後母屋が老朽化し、1902(明治35)年に改築(新築)されました。
普段は外の見学路からしか見られませんが、毎年御祭神夫婦の命日に合わせ、内部公開されています。

厩
母屋が建てられる前の1893(明治26)年に完成した厩は、英国から取り寄せたレンガ造りです。木造の母屋より立派な厩だったため、「新坂の厩(新坂=旧町名)」と呼ばれていたといわれています。

乃木家祖霊舎
乃木家には、乃木希典命が篤くお祀りしていた大神宮殿と家廟がありました。これらは乃木希典命の遺言により浄火で焼かれ、その後、中野の家の社殿がこの地に移築されました。
乃木希典命の父・希次氏の命日である10月31日には、「祖霊舎祭」が斎行されています。

乃木将軍と辻占売り少年像
旧乃木邸前には、「乃木将軍と辻占売り少年像」という銅像が設置されています。この銅像は、乃木希典大将の誠実な人格や慈愛を伝える記念モニュメントです。明治24年(1891年)、乃木希典は陸軍少将として金沢を訪れた際、父を亡くし家計を支えながら辻占売りをしていた8歳の少年・今越清三郎と偶然出会いました。少年の懸命な生き方に心を打たれた乃木は励ましの言葉とともに当時としては大金の金二円を渡しました。今越清三郎はその恩を生涯忘れず努力を重ね、後に金箔師として成功し、伊勢神宮や宮内庁にも金箔を納める名士となりました。
瘞血之處
乃木神社にある「瘞血之處(えいけつのところ)」は、乃木希典大将と静子夫人が殉死された際に血の付いた遺品を埋めた場所として知られています。旧乃木邸敷地内には碑と案内板が設置されており、現在も多くの参拝者が手を合わせるスポットです。

マッカーサー植樹のアメリカハナミズキ
境内左手に建つ旧乃木邸の庭には、連合国軍最高司令官のダグラス・マッカーサー元帥が、第二次世界大戦後に来日した際に植樹したアメリカハナミズキがあります。マッカーサー元帥は乃木希典命に敬意を持っており、墓参りをしたことも知られています。
水師営のナツメ
日露戦争で勝利した乃木希典命は、1905(明治38)年1月、現・中国大連市旅順の水師営で、ロシア旅順要塞司令官・ステッセル将軍と会見を行いました。乃木希典命は敗戦したステッセル将軍に礼節を持って対応し、各国から称賛されたといいます。会見の地にはナツメが生えており、乃木希典命の副官である兼松氏がこれを記念に持ち帰りました。旧乃木邸に植えられているナツメは、兼松氏が持ち帰ったナツメを祖先とするもので、3代目になります。
このナツメは、軍歌「水師営の歌」にも「庭に一本棗の木」と歌われています。

乃木公園
乃木希典命の遺志により寄贈された地は、1913(大正2)年に公園となりました。さまざまな樹木が植えられている緑の多い公園で、春になると桜の大樹が花開きます。桜の花は木の下だけでなく、近くにある階段上からも楽しめます。開園時間は9~16時です。
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