将軍梅 | 愛宕神社 - 神社ファン

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愛宕神社

あたごじんじゃ

東京都港区愛宕1-5-3

将軍梅

更新日:2026年5月20日

将軍梅

愛宕神社の将軍梅は、男坂(出世の石段)の由来となったことで知られる梅の木です。境内を代表する歴史的な見どころのひとつであり、曲垣平九郎と徳川家光の逸話を今に伝える存在として親しまれています。
将軍梅の由来は、1634(寛永11)年の出来事にさかのぼります。徳川家3代将軍・徳川家光が芝の増上寺参拝へ向かう途中、愛宕山に咲く梅を見て「あの梅を取って参れ」と命じました。しかし、あまりにも急な石段だったため、家臣たちは誰も名乗り出ることができなかったといいます。
港区愛宕神社 将軍梅
そのとき、四国丸亀藩の家臣・曲垣平九郎が馬で男坂(出世の石段)を駆け上がり、拝殿前左手に咲いていた梅を手折って家光へ献上しました。この功績によって平九郎は「日本一の馬術名人」と称えられ、その名が広く知られるようになったと伝えられています。この故事から、男坂は「出世の石段」と呼ばれるようになりました。
現在の将軍梅は、そのとき平九郎が手折った梅に由来するものです。石段を登り切った先から梅の木まではそれほど距離がなく、急勾配を駆け上がった勢いのある馬を制御しながら梅を手折ったことを考えると、曲垣平九郎の卓越した馬術の凄さが伝わってきます。「日本一の馬術名人」と称えられたこともうなずける逸話です。
港区愛宕神社 出世の石段の顔出しパネル
将軍梅は現在、丹塗りの門付近にあり、男坂を登った先で見ることができます。春先には白い花を咲かせ、都心の高層ビル群に囲まれた愛宕神社の境内に季節感を添えています。特に梅の開花時期には、出世の石段とあわせて写真撮影を楽しむ参拝者も多く、愛宕神社ならではの歴史景観として親しまれています。

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