出世石段で有名な神社の入口 | 愛宕神社 - 神社ファン

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愛宕神社

あたごじんじゃ

東京都港区愛宕1-5-3

出世石段で有名な神社の入口

更新日:2026年5月20日

大鳥居

愛宕神社の正面入口に建つのが大鳥居です。愛宕山の麓に位置し、男坂と呼ばれる急な石段の前に構えています。周囲にはオフィスビルや高層マンションが立ち並んでいますが、その都市景観のなかに大鳥居が現れることで、一気に空気が変わったように感じられます。東京23区内で最も高い自然地形の山とされる愛宕山に鎮座する愛宕神社にとって、大鳥居は「山上の神域への入口」ともいえる存在です。
港区愛宕神社 大鳥居

出世の石段

大鳥居をくぐると、正面には愛宕神社を象徴する男坂(出世の石段)が続きます。傾斜角約40度、86段という急勾配の石段で、見上げるだけでも迫力を感じる愛宕神社屈指の名所です。
港区愛宕神社 見上げた出世の石段
「出世の石段」という名の由来は、1634(寛永11)年の出来事にあります。徳川家3代将軍・徳川家光が芝の増上寺参拝へ向かう途中、愛宕神社の前を通りかかった際、石段上に咲く梅を見て「あの梅を取って参れ」と命じました。しかし、あまりの急勾配に家臣たちは恐れをなし、誰も名乗りを上げませんでした。
そのとき、四国丸亀藩の家臣・曲垣平九郎が馬で石段を駆け上がり、拝殿前左手に咲く梅を手折って家光へ献上したと伝えられています。この大胆な功績により、平九郎は家光から「日本一の馬術名人」と称えられ、その名が広く知られるようになりました。この逸話から、男坂は「出世の石段」と呼ばれるようになったといいます。
浮世絵 間垣平九郎像
その後も馬で男坂を昇降しようとする挑戦者が現れましたが、成功者はわずか数人のみとされています。1882(明治15)年には宮城県出身の石川清馬氏、1925(大正14)年には参謀本部馬丁の岩木利夫氏、1982(昭和57)年にはスタントマンの渡辺隆馬氏が成功者として知られています。なかでも岩木利夫氏は、廃馬となる愛馬に最後の花道を飾らせるため挑戦したとも伝えられています。
港区愛宕神社 見下ろした出世の石段
現在では、仕事運や立身出世のご利益を求めて多くの参拝者が訪れるほか、その急勾配を利用してトレーニングを行う人も見られます。ただし、境内には「トレーニング禁止」の看板も設置されています。
港区愛宕神社 トレーニング禁止の看板
また、2020(令和2)年には「愛宕山参道及び男坂・女坂」が港区指定文化財(史跡)に認定されました。歴史的価値だけでなく、江戸から現代へ受け継がれてきた都市景観としても高く評価されています。
港区愛宕神社 出世の石段を登った直後にある一の鳥居
そして、この急な石段を登り切った先に建つのが一の鳥居です。険しい男坂を越えた先に現れる鳥居は印象的で、都心の喧騒から離れ、静かな神域へ足を踏み入れる感覚を味わえます。大鳥居から男坂、そして一の鳥居へと続く流れは、愛宕神社ならではの参拝風景として親しまれています。

女坂

男坂の右手にある女坂は、107段の階段が続く参道です。男坂(出世の石段)より傾斜はゆるやかですが、途中にいくつか曲がり角もあり、参拝にはそれなりの体力が必要となります。階段の昇降が難しい方は、西参道に設置されているエレベーターを利用すると安心です。
港区愛宕神社 女坂

エレベーター

エレベーターは愛宕隧道の手前にあるため、利用する際は行き過ぎないようにしましょう。
港区愛宕神社 トンネル近くの愛宕山エレベーター
西参道は、愛宕隧道を抜けてすぐの場所にある階段から始まります。昇り口には「愛宕西参道」と刻まれた銘板が設置されており、階段は女坂よりやや幅が狭めです。階段を登った先は愛宕山の山頂エリアとなっており、境内の近くにはNHK放送博物館もあります。

狛犬

男坂(出世の階段)の昇り口に鎮座しています。鋳金家・今村久兵衛氏による狛犬は、1933(昭和8)年に奉納されました。
愛宕神社の出世の石段前には、一対の狛犬が鎮座しています。急勾配の石段や大鳥居に目を奪われがちですが、実はこの狛犬も、愛宕神社の参道景観を語るうえで欠かせない存在です。男坂へ向かう参拝者を静かに見守るように配置されており、「出世の石段の守り役」ともいえる雰囲気を漂わせています。
狛犬が置かれているのは、大鳥居をくぐってすぐ、男坂(出世の石段)の登り口付近です。愛宕神社の象徴でもある86段・傾斜約40度の急階段を前に、左右から参道を守るように構えています。特に石段を背景にした狛犬の姿は迫力があり、愛宕神社らしい景観として多くの参拝者が写真を撮影する人気スポットになっています。
港区愛宕神社 出世の石段前の狛犬

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