有名度
関脇根津神社
ねづじんじゃ
東京都文京区根津1-28-9
徳川家宣胞衣塚・庚申塔・塞大神碑
更新日:2025年8月5日
徳川家宣胞衣塚
徳川綱重公の別邸であった1662(寛文2)年、この地で綱重公の子、綱豊公(後の徳川家6代将軍・家宣公)が誕生しました。かつて日本には胞衣(胎盤)を埋める風習があり、綱豊公の胞衣は、千本鳥居のなかほどに位置するこの塚に埋められました。
庚申塔
江戸時代、暦の「庚申の日」に夜明かしをする「庚申待」という民間信仰がありました。庚申信仰では、人の体には「三尸(さんし)」と呼ばれる虫がいて、寝ている間に天に昇り、その人の悪事を神に告げるとされました。これを防ぐために、庚申の夜は眠らずに過ごし、悪事を告げられないようにしたのです。当日は当番の家に集まり、和やかな話し合いがなされていたといわれています。
駒込稲荷神社の近くに建つ庚申塔は、明治時代以降、道路拡幅の際に遷されたものです。青面金剛・観音像・猿が彫られた庚申塔は全部で6基あり、村名や施主の名を見ることができます。そのなかには、文京区内でもっとも古い1632(寛永9)年に建てられた庚申塔もあります。

塞大神碑
道祖神ともいわれる塞大神(さえのおおかみ)は、悪疫が入らぬよう道を守る神様です。この碑はもともと、日光御成道と中山道が分岐する駒込追分の一里塚に建っていましたが、1910(明治43)年、道路拡幅に伴い根津神社に遷されました。駒込追分の一里塚は、現在の東京大学農学部前です。当時榎が植えられていましたが、1766(明和3)年火災に遭い庚申塔が建てられました。しかし1824(文政7)の火災で欠損し、1873(明治6)年、跡地に塞大神碑が建てられました。礎石には遷された背景が刻まれています。

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