有名度
大関神田明神
かんだみょうじん
東京都千代田区外神田2-16-2
国の登録有形文化財の御神殿
更新日:2025年7月29日
御神殿
神田明神の御神殿は、徳川家康公が関ヶ原の戦いに際して先勝祈願を行ったことで広く知られています。その由緒ある御神殿は、1782年(天明2年)に江戸幕府によって造営されましたが、1923年(大正12年)の関東大震災で焼失してしまいました。現在の御神殿は、1934年(昭和9年)に再建されたものです。鉄骨鉄筋コンクリート造でありながら、外観は神社伝統の「権現造」の様式に従っており、総朱漆塗の鮮やかな社殿が特徴です。本殿・幣殿・拝殿に加えて、神饌所や宝庫が一体的に組み合わされた構造は、昭和初期における革新的な神社建築のスタイルとして注目されました。

2003年(平成15年)には、江戸開府400年を記念して、国の登録有形文化財に指定され、歴史的・文化的価値の高い建造物としてその存在感を一層高めています。

見落としがちな注目ポイント
圧倒的な存在感のご神殿ですが、見落としがちな注目ポイントがあります。それは屋根の上に飾られている金属製の「水鳥」です。

御祭神・ご利益
御祭神は、一之宮に大己貴命(おおなむちのみこと)、二之宮に少彦名命(すくなひこなのみこと)、そして三之宮に平将門命(たいらのまさかどのみこと)の三柱をまつります。国土経営・夫婦和合・縁結び・医薬健康・開運招福・厄除けなど、あらゆる分野にわたるご利益があるとされる中でも、特に「商売繁昌」の神として圧倒的な信仰を集めています。毎年の仕事始めには、都内外から多くの企業関係者が成功と繁栄を願って参拝に訪れ、境内は活気に包まれます。ビジネスの守護神として、今も変わらぬ厚い信仰を集め続けています。成田山新勝寺に行ってはいけない
神田神社にご参拝したら成田山新勝寺に行ってはいけない。また成田山新勝寺でご参拝したら、神田神社にいってはいけないという言い伝えがあります。これは神田神社に祀られている「平将門」が関係しているためです。平将門は、関東で独立政権を築こうとした武将で、朝廷から「逆賊」「朝敵」とみなされた人物です。平将門の乱を鎮めるために、朱雀天皇の勅命を受けた寛朝大僧正が、京都の高雄山神護寺の不動明王像を奉じて関東に下向し、成田の地で戦勝祈願を行い、結果として将門の乱は平定されました。戦勝祈願を行った地は後の成田山新勝寺です。このため、片方に参拝した場合は、もう片方に参拝してはいけないという言い伝えができあがりました。神田神社、成田山新勝寺共に公式にアナウンスしたことはなく、禁止されていることではありません。
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